曇天のブリスベンからこんにちは。
今日は暇なので お昼からブログ書いてます。

しなきゃならないことはあるのにそういう時に限ってやりたくないのは逃避 ともいいます。

それにしても観た映画たまってます。
考えずに観てしまい そのまんま放置しちゃおうかなぁ とも思ったのですが 最近あちこちで映画評を読んで 結構参考になることが多く しかも 話題作や大作じゃないものを見てくれている方の感想が本当に役に立つので ああそういう役割もあるのねぇ…というわけで もしかして検索して参考にしてもらえたらいいかなぁという風に 考え方を変えました。

とか言って観た映画 それは

The Eye
The Eye

一応ジェシカ・アルバ主演で 大作 みたいです。

言行不一致とはまさしくこのこと。

いやいや最近出産したばかりのジェシカたん ファンも多そうだし 元々はタイ映画である映画のリメイクだし 怖いかも!

というわけで DVD屋さんで

「どっちがいい?」

とジェシー・ジェイムズの暗殺とThe Eyeをにこやかに差し出すシュレックに向かい

「こっちのジェシー・ジェイムズって長くて途中飽きるって!」

と一部しか伝えずにだまくらかした私。

家に戻ってから

「あ よく観たらこの映画 ホラーって書いてある〜!」

と大騒ぎされたのは言うまでもありません。
男のくせにホラー映画が嫌いなシュレック。
理由は

「怖い夢を見るから」

だそうですが 

あんた 子供かい!

と突っ込んだのは言うまでもありません。

さて 肝心の映画ですが





…怖くない…全然怖くない…

怖くないのはホラー慣れしてるせい?と 思って観終わったシュレックの反応をうかがうと 淡々とDVDを出していたので 怖がりの人にも怖くなかったらしい。

いや ビックリするシーンとかこけおどしシーンとかはあるんですよね。
大きな音とかで脅かすんですが それ 古臭いよ!昔見たホラーでよくやられたよ! と 昔ホラー映画大好きだったので 予期してるところでちょうど来るから 監督さんもホラー好きなのはわかるんです。

実際 オリジナルではタイ北部の村 という 何かありそうな場所を メキシコに置き換えたことで 異国感は出てるんだけど でも タイとかマレーシアとか 東南アジアの幽霊とかって ジメーってしてるけど メキシコなせいか そういうじっとり濡れて気持ち悪い感じがしないんです。
メキシコ 何せ死人祭りまであるっていうくらい 死と隣り合わせの文化なだけに 死という払いのけたい 引きずりこまれたくない という感覚があんまり伝わってこない。

とはいえ 怖い話を期待しないで 謎解き つまり 自分の角膜の持ち主がどうしてそんな恐ろしいシーンを見せ続けるのか というあたりは オリジナルはあらすじしか読んでないけど オリジナルよりずいぶんと救いのある理由で これはアメリカハリウッドだからなんだろうけど。 
オリジナルそのまんまじゃあ 救いないんですもん 全然! 
普通こういう映画はハリウッド化されると むむむ と なってしまうことが多いけど この作品に限って言えば ハリウッド流エンディングの方がよくできているんじゃないかな。

しかし 気になる点が二つ。

最初は 大事なポイントをなんでもナレーションで語るのは 観客がバカになってきてるからか 俳優が演技できないからか それともそれがスタイルなんでしょうか???

この映画の 目で見えるものがすべてではなく 目に見えないけど存在してるものもある というのを伝えるすべはいくらでもあると思うのだけれど エンターテインメント大作にそんな細かな技を期待するほうが間違ってるんでしょうか。

そして 致命的なのは 実はジェシカ・アルバだったりする。

かわいいんですよ とっても。
美人なんですよ とっても。
でも 一人だと華がない。

シュレックは実は私の大好きなニコール・キッドマンが大嫌いで

「Lizard queen」

と呼んで毛嫌いしてるわけです。
なんか血が通ってなさそうだから・・・っていう理由なんでしょうが それでも彼女が一人で画面に映っているとき それが大作だろうが アート系の作品だろうが パッと目がいくし いわゆる存在感があるってことは認めてます。
それはいわゆる売れっ子俳優に共通していて トム・クルーズなんか私はそれほど好きではないけど やっぱり映画の中で彼は何やら光っているのがわかるんです。

ジェシカ・アルバたんは確かにかわいく 演技も確かなんだけど 一人で映画を引っ張っていく力強さがやっぱりない。
そういう俳優さんたちは 誰かと組むことで光ったりするのだけど あいにくこの映画で共演しているアレッサンドロ・ニヴォラはハンサムでステキでサポート役としてはいいけれど 互いに引き立てあうケミストリーみたいなものは存在していない。

それとも ハリウッドスター特有の強さがないからこそ ジェシカたんはこの映画の主役に選ばれたのだろうか。
というのも 角膜移植後の初めて出会う世界にとまどう姿は なかなかよく演じてた って気がする つまり 弱さを演じるだけの力はあるんだから 演技力はきちんとしているのかもしれない。

なんだかホラーになろうとしてなれず 奇妙に上品に仕上がった The Eye は ハリウッド作品として仕上げられるためには 東南アジア特有のじめじめホラー感を失わざるを得ず そうした土着的な気味悪さがなくなったからこそ その分面白みが減ったのかなぁというのが正直な感想だったりして。





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2008.07.21 
がんばって続けている映画祭。
昼は暑いブリスベンからお届け中です。

前回に引き続き 今回もフランス映画。
フランス映画 好きなんです。
しかもテレビでも放映してることが多いので つい観ちゃいます。

フランス映画と言えば恋愛 てな感じがしますが 実は人情ものが多いところも好きなポイント。

そしてこの映画 かなり昔に観た 今調べたら10年前に観た映画 ディディエの主役兼監督だった アラン・シャバが主役を張ってます。
ディディエ

そんなに観た人はいないと思うけど このディディエって映画 とっても好きだったなぁ。
すっごいバカな話で 犬が宇宙からの放射線を浴びて人間の姿になる。
ほら もうバカでしょう。
でも頭の中はあくまでも犬なので 手を焼く飼い主だけど 実はサッカーの才能があることを発見 ご主人さまの支援するサッカーチームの危機を救う…と またもや泣ける映画(そんなのばっかり)で 中年男(犬)の奮闘する姿を見て もうけなげでけなげで…。

話はこの I Do に戻ります。 

ご存知かもしれませんが 結婚する時に

「汝はこのものを妻とめとりますか?」
と 教会で結婚式なんぞあげると聞かれ その答えが 

「I do」

なんですが タイトル通り結婚についてのコメディ。
日本で公開されるとき 簡単だからこのままのタイトルで公開されそうですね。
I Do

女系家族に育ったルイは実の父が亡くなってからコスタ一家で唯一の男の子 というわけで 若いころに大失恋をしてからずっと面倒を全部母と姉にみてもらっている。
そのまま43歳まで幸せに独身生活を満喫。
そりゃそうだ 家事は一切せず 自分ひとりできれいなアパートに住んでるならそりゃ幸せだ。

しかし家族はそう思っておらず 母と姉たちに結婚しないとだめだ と迫られ 結局思いついたのが 偽の彼女を作り 結婚式で捨てられれば それ以降結婚を強要されることもなかろう…という悪だくみ。
その相手として選ばれたのが職場の友人ピエール・イブ の妹で家具修復職人のエマ。
美人だけれど 性格に難ありのエマを 15000ユーロで10週間 完璧な婚約者として雇い 無事に家族にも気に入られ 計画は上首尾に終わるはず。
ところが話はそうはうまく進まない。

というのはコメディの常とう手段なのですが 実は途中で 

「あれ? 途中で話が飛んだ? それとも夢???」

と思うようなシーンがあり ちょっと予想とは違うパターンで話は進み 単なるコメディではなく 恋愛とは何か 結婚とは何かについて 考えさせられる映画になってしまう。

要は

「人が誰かを好きになるときは 自分の好みとか表面的なことじゃなくて 誰かをそのまま受け入れられたときなんだ」

という不変の真実を語っていたりするわけで その上に 43歳のおっさんが 世界は自分一人より誰かと一緒の方が豊かなものであり得 そして 自分は誰かを幸せにしてあげられる力があり そのために何かを捨てることで 違った幸せを手に入れることができる という 忘れられがちな視点があったりするのが この映画のいいところ。

しかしこの映画の問題点は シャルロット・ゲインズブール演ずるエマが なんだかどうにもキャラクターとして弱いこと。

映画の最初から紹介される エマのブラジルからの養子縁組の計画が 子供が作れないという負い目が女性としてエマをかたくなにしてる ということをほのめかしてたり 後からルイとエマがお互いにひかれていくようになり ルイ自身が

「子供持つのもいいかも…」

とか微妙に思うようになったりする そのきっかけになる という使われ方をしてたり と 大事なのではあるけれど それでもエマという女の子自身がなんとなく養子をとるようなタイプに見えないんですよね。

どうせなら思いっきりいわゆるかる〜い女性で ほいほい 男の人についていったりするタイプ と 見せかけて実は… って感じだと よかったのかもしれないけれど シャルロットっていつまでも少女っぽい雰囲気があるのでイメージとどうにもあわない。

と書いて待てよ 女優なんだから イメージが…じゃなくて それを演じられないとだめなのだけれど シャルロットはそれができてないのが問題なのかも。
つっぱってるようだけど 実は優しいところがあって そこにルイが惚れる というのも そのつっぱりがあくまでも表だけ みたいのが見えると 観てる側は

「そうか!本当はさびしかったのね!」

と一気に共感できる という仕組みなんだろうけど どうもシャルロットってなんとなく基本的に 表情に乏しい感じで 少女時代のいらつく姿はかわいかったけど 大人になってもあんまり変わってないようで それがこの映画では悪い方に出ているみたい。

前回のエミールも同じようにかたくななところはあったけど なんだかいじらしいところがあったり 本屋の経営で頭がいっぱいで 恋愛どころじゃない!って 理由がわかっていたし いざいなくなってみると 実は自分にとって大事な人だった と わかったものの 違う人とつきあってるからどうにもならない…とか そうした人間としての葛藤が ヴィルジニー・ルドワイヤンの演技から伝わってきたけど シャルロット演じるエマは そういう性格を発揮できるシーンがあるようなないような。
後から思えばそうなのかな?とは考えつくけど 観てる間は どうも理解不能。

いつまでも僕ちゃんであるルイと しわん坊の友達のピエール・イブが キャラとしてよくできてるだけになんとなく残念。

ベタではあるけど エマをもっとどうしようもないタイプ (キャメロン・ディアスがよくやるようなタイプ と言えばいいのでしょうか)にして だけど実は…みたいな方がよかったんじゃないかなあとも思うけど やっぱりシャルロットにそんな役はなぁ って配慮があったのでしょうか。

とはいえ このダメ男 ルイも観てる側からすれば イラつくタイプかもしれないのでお似合いと言えばお似合いなのかも。

とはいえところどころでくすっと笑えるコメディ映画 多少 男性 女性 という分類分けが典型的すぎる気もしないでもなかったけど 最近のバカコメディ エロコメディばかりの中では貴重なタイプで一種の清涼剤でした。
こういう映画 もっと公開してほしいです。





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2008.07.20 
ちょっと間があいてしまったのは お客様が来たりしてたから。
お客様が来ると 昼夜お世話係をさせられ しかもお買い物につきあわされたり となかなか大変です。

さて 映画祭り こっそり続いてますが 今回は

The Valet

なるフランス映画。
The Valetポスター
有名俳優ながらも コンドームかぶってまで熱演してくれた ダニエル・オートゥイユ演じるフランソワ・ピニョンが 今度はプライスレスの ガド・エルマレ主演で同じ名前で出てきます。
調べたらこの監督さん 奇人たちの晩餐会も撮っており そのうえ主役の名前も同じ。
どうやらお気に入りらしいです。

かる〜いコメディで楽しく見られて頭も使わずしかもすべてがほんわか幸せ。
ダニエル・オートゥイユ演じる悪役も 愛人と妻の間で板挟みになっているものの それでも生き生きとしている。

ダニエル・オートゥイユ演じるピエールは大会社の社長ながらも 奥さんが株式の過半数を握ってるため頭が上がらないものの 隠れてスーパーモデルのエレナと浮気中。
とはいえ 離婚する というもののそんな気配のないピエールに業を煮やしたエレナは別れを切り出す。

と同時に うだつの上がらないホテルのヴァレー係 フランソワは 同じくヴァレーのリシャールと同居中ながら 幼馴染で恋するエミリーと結婚して二人で暮らそうと思ってたら 「友達としか思ってなかった」とあっさり断られる始末。

傷心のフランソワがたまたまピエールとエレナの別れ話のもつれ中に傍を通りがかり パパラッチが撮った写真がきっかけで離婚になり 会社を失うのを恐れたピエールが フランソワがエレナとつきあっていると見せかけることを弁護士にそそのかされ エミリーの経営している書店が経営難に陥っていることを知っているフランソワは エミリーを助けるために同意し さえないフランソワが急にスーパーモデルとつきあうことから ごたごたは始まる。

あらすじを書いただけでも難しく考えなくても済む映画 と わかります。
誰もが不幸にならない(いや 一人だけなるか)ので 観た後幸せになれます。

さて この映画もダメ男映画ですが フランス版ダメ男 てか フランス映画って ダメ男が主役なことが多い。
なぜかしら。

この映画も仕事もさえない 容姿もさえない 親からさえも あの子は…みたいに言われてるくらいダメダメだけど 心だけは優しく スーパーモデルのエレナと同じ屋根の下に住んでても エロイ気持になると

「このままだと 僕も君を足蹴にしてきた男と一緒になっちゃうから」

と手を引くなんて男性の鑑。

イギリス男は自分を変え アメリカ男は理想の男へ近付くことを強制されているけれど どうやらフランス男は そのままの自分でいい 自分にもいいところがある と 言いたいのでは?

ということは フランス男はやっぱり

「俺ってダメっぽいけど いいとこもあるんだよ〜」

と変わるよりは いいとこだけを見たいと考える超楽観主義者 もしくは 自分大好き人間ってことでしょうか???

でも 必死で頑張る男より ありのままの自分を受け入れられる性格で なおかつ悪いところを見るのではなく いいところを見ていこうとする姿勢が幸せにつながるのでは…と なんとなく人生観を教えてもらったような。

フランス映画のこういう 

「誰もが同じじゃなくたって 自分には自分の幸せがあるさ〜」

みたいな姿勢 好きですね。






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2008.07.19 
最低気温が12度といきなり暖かなブリスベン。
先週出してきた羽毛布団だと非常に暑く 夜中に大汗をかいて目が覚めました。
コドモじゃないんだから・・・。

さて 映画週間第2日目。

今日は アメリカのダメ男。
ダン・イン・リアルライフ です。
Dan in real life

ぱっと見いい人そう 実際いい人らしい スティーブ・カレルが主役です。
俳優になる前は郵便配達をしてたとか…。
ルーク・ウィルソンにちょっと似た めちゃくちゃハンサムじゃないけど いい人そうなのがポイント高い彼。

この映画の主人公ダンは新聞の生活担当コラムニストで 読者に生活上の知恵を書いており 人生のエキスパートとされているけれど 実際には妻を亡くし 残された3人の娘たちを扱いかねている という設定。

映画のタイトルはここにかけているんでしょう。
つまり 生活コラム担当ダン というのと 実生活でのダン っていうわけで 表向きはエキスパートながら 実際は…って意味。

さて ダンは ボーイフレンドに夢中の反抗期まっただ中の娘と 大人になりかけの17歳の娘 まだまだ子供な11歳の末娘と 恒例の家族で過ごす休みのためにロード・アイランドの両親の家へ出かけるも 微妙に居場所がない。
追い出されるように出かけた書店で偶然出会った女性に一目ぼれ。
家へ帰って報告しているところへ現れたその女性 マリーは実は弟ミッチとつきあいだしたばかりだったというわけで この先二人の運命はいかに。

という まさしくロマコメの王道で 二人の間のアクシデントなんかも結構今までロマコメで観たようタイプが多いし わざとらしい…と思うようなシーンも結構ありました。
でも 登場人物がどの人もいい人で 悪い人は出てこないし 家族の間の和解なんかも きちんと描かれているので 安心して家族で観ることのできるコメディ と言ったとこでしょうか。

とはいえこうした映画に特有の 人物造形の類型化っていうのは否めません。
だからこそ 安心して観られるのですが もう少しひねりがあってもいいのかなぁ というのが本音。

それにせっかくフランス女性のジュリエット・ビノシュを起用したわりには あまり彼女のフランスっぷりを生かしてない。
使い古されたとはいえ フランス人へのあこがれはまだまだ強いと思うので そういう違いをちょっと出してもよかったのかも。
それとも彼女が異常に単語を知ってる とか 旅行をした ってことで そういうのを出したつもりなのでしょうか。

多分この作品は 知的なコメディを狙ったのだと思うのですが でもそれにしては微妙に生ぬるい。
この映画に出てくる ダンに代表される男性層 マリーみたいな女性層 それともお父さんが理解してくれない!と嘆くティーンエージャーも…と色々と狙い過ぎた結果なのでしょう。

これを見たあと リトル・ミス・サンシャインと40歳の童貞男って 本当によくできてたんだなぁと再確認。
もちろんスティーブ・カレルのいい人感はまんべんなく発揮されていたのですが やはり 自分はこの映画のターゲットから外れてることを実感した次第です。

さて ダメ男シリーズということで アメリカのダメ男について考察。
正確にいえば ダンはダメ男じゃあないんです。
コラムニストとして活躍してるので 社会的には成功者。
40歳の童貞男の場合とはちと違う。彼は仕事も今イチでした。

でも私生活は 恋愛関係は全然ダメ 娘との付き合い方もよくわからない! というところは結構ダメダメで 子供たちをドライブに連れ出せば 行く先行く先閉まってたり・・・と そういう面でダンのダメっぷりを出そうとしてるのはよくわかりました。

思うに アメリカのダメ男の場合 社会生活はどうあれ 私生活がダメ ぶっちゃけ 恋愛がダメだと相当ダメ男度が高いとみなされているのでは。
仕事も 恋愛も 子育ても まんべんなくできてこそ 男。
仕事ができても パートナーや子供を幸せにできないようじゃ 男じゃない!

アメリカの男性 大変です…。

ダンはダメ男じゃない!と思って本物のダメ男を探すと この人がやってる役が代表的かも。
jack black

ジャック・ブラック兄貴です!

最近ではキング・コングや ホリディで 真面目な役をやってましたが どうもいつ面白い顔してくれるのか…とか違う意味でドキドキしてしまいました。

だけど この人がやるダメ男って 外から見たらダメ男なのに 自覚してない。
自分には才能があるけど 社会がまだわかってないだけ とか 勝手に思ってるわけで こういうタイプはダメ男ではあるけれど ダンに比べたらまったくもって幸せなわけです。

こうやって 二人のキャラクターを比べると アメリカ流ダメ男は 実質ダメでも 希望を持ってる奴は成功する!というのと どこかがダメでもなんとか自分で解決する!というわけで 結果 アメリカ人は希望とか可能性が大好き というのがほの見えてくるような…。

でもその前には くっきりと 成功者のひな形があって そこにあてはまらないと全員がダメ!とみなされるような 自らに対する厳しさがあって その成功という定型へ向けてひた走らなくちゃならない というような強迫観念もうかがえます。

そういう社会からの押し付けに対抗する アメリカ標準では最高のダメ男=オタクながらも ダメダメぶりが最高に突き抜けた結果 一転して最高にかっこいい男となったのが バス男 こと ナポレオン・ダイナマイト なのかなぁ。
バス男 ポスター






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2008.07.15 
先週までの寒さがウソのように暖かなブリスベン。
しかし 寒さのせいか 風邪引きさんが知人にも多いことが発覚。
いわく 一週間寝込んだ だの 熱が下がらない だの 皆さんお疲れの様子。
自分は頭イタかったので あんまり変わらないけど 皆さん本当に体だけは大事に。

ということで 観た映画がたまってるので 映画感想文を今週はお届けします。

今日は サイモン・ペグ特集(って言っても2本しか観てないけど) ってことで Run Fatboy Run です。
Run Fatboy Run ポスター

これ 日本で公開することになったら どんなタイトルになるんだろう。
直訳したら

「走れ! デブ 走れ!」

…このまま公開は絶対無理!

Hot Fuzz=俺たちスーパーポリスメン!

にちなみ 俺はスーパーランナー

とかになってしまうんでしょうか…不安。

きっとあらすじはどこかで紹介されるでしょうが イギリス映画特有の ダメ男映画
ショーン・オブ・ザ・デッドを観た方ならご存知王道ダメ男。

何にも責任持てず うだうだとうだつがあがらぬ日々を送り 情けないと一言で切り捨てられてしまいがちな このパターン。
この主人公デニスの場合 臨月を迎えた美人の彼女 リビーと結婚式の当日 逃げ出すという有様。
5年後 デニスの前に恋敵ウィットが現れ 投資銀行で働き アメリカ人特有の自信満々 健康熱心 いわゆる勝ち組 なところで ついに発奮 ウィットが参加するというロンドン・マラソンに 自分も参加する!と 宣言したはいいものの 典型的なイギリス ダメ男 デニスは エクササイズなんてしたこともない おデブさん。
リビーのいとこのギャンブルマニアのデビッドと 厳しいながらも心優しいところのある インド人家主をコーチに迎え ロンドン・マラソンに臨む…

と言ったところですが とにかく 

リトル・ダンサーのお父さんのスト破りに泣いた人

アバウト・ア・ボーイの ステージシーンで泣いた人

フル・モンティのお父さんがついにステージに立つ決意をした姿に涙した人

これ全部私ですけど こういうなさけなーいダメ男ががんばる姿を見るのが好きな人にはたまらない。

もうすべてが型どおりと言ってしまえばそれまでなんですよね。
きれいな元彼女 できるけどいけすかないアメリカ人の恋のライバル ダメお父さんでも好いてくれる息子をめぐっての恋のさや当て。
こうした映画では当然だけど 最後に主人公は恋人と再び結ばれるのですが その途中経過が笑えるし そこにさらに笑いを付け加えるのが ブラック・ブックスのDylan Moran演じるゴードン。
よく見るといい男なんだけど なぜかお笑いをやってるのが不思議。

こいつはもう ノッティング・ヒルの恋人の リース・イファンスを受け継ぐバカキャラ。
とにかくギャンブルしまくりで どーしよーもない男なんだけど なんだか憎めない。

こやつのおかげもあって 結局いったんロンドンマラソンに出る気をなくしたデニスがやる気を回復するあたり わはは とは笑えないけど ひひひ という笑いがこぼれる。
しかも知的なユーモアなんぞじゃなく とにかく下ネタ 下品系多し。 
そんな下品なお笑いをちりばめつつも 実はひそかに 

「人間前に進まないとだめなんだ!問題にぶちあたっても 逃げちゃダメだ!」

と 真面目なメッセージまであったりして 最後は本当にカンの鈍い人でもこうなるだろうな〜って予測のつく終わり方だけど なんだか結構お得感のある作品でした。
あ ラストシーンは少々下品ですが 最後まで観てくれた人へのサービスってことで 私は堪能しましたよ うん。

さて この映画を見て考えたのは イギリスのダメ男 ってどんな人?。 

まあ サイモン・ペグがよく演じてるタイプが典型的 と 観てよいかも。
つまり

パブでビール飲むのがいきがい
上昇志向なし
友達はいるけど なんだか腐れ縁っぽい
なにかにつけ 「でも〜 でも〜」 と 理由をつけて実行しない
運動嫌い
期限や約束を守ることができない
なんでも 「まあどうにかなるだろう」 と 悪い意味で楽観的

しかし イギリス映画ではこういう男が 往々にして人生の岐路にぶちあたり 今までの自分を反省して 心機一転 やる気になる。
そしてその契機になるのは 往々にして 女性ではなく 子供だったりする。 あ ショーンは別か。

てことは イギリス男性は実は結構 そんな典型的イギリス男である自分が好きではないのかも???
もしかして変わりたい でも そんな機会がないから 自分の代わりに変わってくれる人をスクリーンで観て溜飲下げてるのかも???

だって この映画 ロマンティック・コメディとされているけど 女性として観ると どうもイマイチ リビーがどうしていつまでもデニスを思ってるか不明。
こんな男やめとけよ〜 変わる変わるって きっと変わんないよ〜 とかアドバイスしたくなる。

だけど 男性向けのロマコメと考えたら もてない男が きれいな女性を手に入れたり 息子の信頼を勝ち得たり とうていできないと思ってたことを なんとか成し遂げる! で まさしくダメ男の夢。 
意外にイギリス男 ロマコメ好き???
そういや 007もイギリスの産物でしたね。

だけど 映画だけで満足してないで 現実でもがんばって変わる努力をしてほしいですね イギリス男性。
なんて言ったら 「変わりたい と 思わせてくれるだけの 女性がいないんだもん…」 というつぶやきが聞こえてきそう…。
なにせ 聞いたところじゃあ イギリス女性 もんのすご〜〜〜〜〜〜く強くて この映画のリビーみたいに パン屋を経営してたりと女性っぽいところなどないらしいので(イギリス女性の方 イギリス女性をパートナーに持つ方 そういう女性じゃなかったらすみません) ゲイになってしまう男性も多いとか。

とりあえず 実生活で出会わない限り ダメ男は大好きなので 当然この映画もお気に入りの仲間入り。

ちなみに監督のデビッド・シュワイマーは フレンズの人だそうで この次に観た Bad Nothingでは主演してます。
こちらの話はまた後ほど。

この映画に興味ある方は Youtubeで見つけた予告編 貼っておきますので ご覧ください。
ちなみに 予告編は 英語でTrailer。未公開映画の予告編を見たいときに この単語で探すととっても便利。





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2008.07.14