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ずっと本を読み続け というか 正確には漫画読み続けなんですが さて どうしてこんなに一所懸命読めるのに 洋書は読めないか。
言葉の壁 だけとは 考えられ(たく)ないし あっという間に読んでしまった英語の本もあるので この違いはその他に何があるか 考察してみました。

1.コドモのときは 何もしないで本を読んでても大丈夫だが 大人になるといろいろしなくちゃならないことがある。
正確にいえば コドモのときもしなくちゃならないことは たくさんあったが後回しにしてもよかったが 大人になるとなかなかそうはいかない という 分別が出てきてしまう。

コドモなら 本が面白ければ 夜中の3時まで読んでもいいが 大人になってそんなことすると 次の日の仕事に確実に差し支えたりするわけで。
そんな贅沢ができるのは せいぜい金曜土曜くらい。
ところが 大人の付き合い なんていうものも発生し 金曜の晩は友達と食事 職場の会合 などなどがあったりする。

そのうえ 家事があったり 猫の遊び相手したり などなど まとまった時間 本にのめりこめる時間は病気のときくらいなもの。
しかも 病気のときってしんどいから 本なんか読みたくないし。

2.本の厚さにビビる。
子供のときは本の厚さが気にならなかったが 今では気になるのです。
なにせこちらの本って 大体が日本のハードカバー並みに大きい。

というのも 本は一気読みしたい性格。
厚いと一気読みできない。
途中でやめた本は微妙に興味が薄れてしまうため その後放置。

こう書いてて 自分のその他の習性にふと気づいたのですが 実はテレビドラマが苦手。
毎回終わるタイプのものならいいのですが シリーズもので ずっと続くのって見続けられた試しがありません。
できれば 一話完結がいい。

そして 映画もシリーズものは嫌い。
できれば 一本で完結してほしいし 気に入った作品がシリーズものになると とたんに興味がなくなる。

…つまり 短期決戦じゃないと集中力が続かないのが原因らしい。

3.そして 先ほどもあげた 本の大きさ。
寝転がったりして読むのには 微妙にサイズが大きいし 電車の中で読もうかな と 思っても大きいから邪魔だし これが旅行なんかだとさらに邪魔すぎる。

この携帯性のなさが 本棚にびっちり本を詰めるのが大好きな私の心をそそらないのでは?
いや すきというか 単に詰まってただけなんですけど(そして 現在進行形になりつつある この現象)

4.本のジャンル
大人になってから日本の小説というものは 読まなくなってしまい 今ではエッセイやノンフィクション ビジネス書なんかを読むようになったのですが 上にもあげた本の大きさ 厚さでおわかりかと思いますが 日本のようにエッセイ とか 私小説 という ジャンルがない。
自分をモデルに とか 自叙伝なんかはあるけど 作家の日常をネタにしたジャンルがない。

ある意味 作家さんが中年になって 自分の尻が垂れた とか書いたのを喜んで読むのは日本人くらいなのでしょうか?(他の国にも同じジャンルあったらすいません)
それはある意味 今のブログの隆盛にもつながっていて 日本人はよその人がどんな暮らしをしてるのか 微に入り際に入り読みたいのですね。
オーストラリアでそういうものがないかといえば あるといえばあるような。

それは 週末の新聞や 雑誌のコラムというやつ。
だけど それが本になって ベストセラーになった とかいう話は それほどオーストラリアでは聞かないような気がする。
自分の経験を生かして というのだったら 先日ご紹介した映画 ジュノー の作者である ディアボロ・コ―ディが ストリッパー経験を赤裸々につづった作品が大評判になったそうだけれど どうもオーストラリア人は クリケット選手などのスポーツ選手やモデルの自叙伝の方が好きだったりするので ベストセラーで見かけることはない。

枕草子に始まる 日本のエッセイ文化って 世界に特殊なもんなのだなあ と 改めて認識すると同時に ブログは世界中に同じようなものを生み出したわけで やっぱり世界は変わりつつあるけれど 日本みたいに赤裸々にプライバシーを書くと いきなりバッシングされたりして 怖い世の中にもなっちゃったなぁ ともいうのが 正直な感想。

とりあえず 誰も寝てはならぬ は 名作だと思う。
マンガだけど。


2008.02.29 
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