Lost in Australia 

オーストラリアから 映画と英語と暮らしのことなど 色々と

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キング 罪の王 

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king

ガエル君の新作ということで DVDにて鑑賞。

父親に子供のときに捨てられたエルビス。 
海軍除隊後に 父に会いにテキサスへ。
だけど新しい生活を始めていた父は 現在ではキリスト教原理主義の牧師で 汚い過去の結果として 受け入れてもらえず エルビスは 代わりに腹違いの妹へと近づいていく。
その結果 父の新しい家庭は崩壊していき エルビスは 父が築いた王国に 新しい息子として受け入れられ 君臨する。

という理由で この映画のタイトルは The King なのだそうです。

でも このエルビス もう ものすごく アンチ・ヒーローって奴で そうまでするか・・・と 唖然とするくらいの 振る舞い。

自分の腹違いの妹とわかっていて 誘惑。
自分の腹違いの弟なのに 殺害。
一応 激情による殺害 ということになっていたけど あれは どう観ても 冷酷に計算していたように 見えました。

しかし この映画の背景を考えると この役は ああでなくてはならない。

アメリカというのは 今まで 

「自由の国 人々が平和に共存できる国」

というように 外からは受け止められていたように感じます。
少なくとも 日本では そう。

だけど 起こってきたことを 見ると 平和維持を謳った他国侵攻だったり 国内の人権弾圧 暗殺などなど。
自由かもしれないけれど 誰にとっての自由?という ギモンが頭に浮かんだりします。

そして 自由そのものが どうにも最近 行き詰っているみたい。
宗教的保守化勢力が大きくなり 

キリスト教的価値観」

が 

「民主主義」

の代表であるかのようにすりかえが行われ 元々あった 

「全ての人々に寛容な社会」 

という理想は忘れられているように 感じます。

その 最近のアメリカ というものに

「色々理想的なこと言うけど あんたたちが 置き忘れてきたものが ここにある」

と つきつけるための道具として この映画のエルビスは 存在しています。

アメリカという王国に いかにして そこから否定された人々が 入り込んでいくか を描くための道具なのです。

まず アメリカというものの特性として 考えられるのは 強力な宗教性。
元々が 「神が選んだ土地 神に選ばれし人々」 という 強力な選民意識が 建国の背景になっています。
その教義では

「神の前では 誰もが平等」

と謳われていますが 実際問題として エルビスの母とエルビスは ラテンアメリカ人。
そして 今では 全ての人が平等 と 信じているはずの 牧師である 父からは無視されている。
ここに 今ラテンアメリカ移民が置かれている立場を見るのは 容易です。
主流派である プロテスタント系キリスト教白色人種から 無視される カソリック系キリスト系ラテンアメリカン。

映画 バベルでも出てきていましたが ラテンアメリカ諸国 特に隣国メキシコからは 多くの不法移民が国境を越えて アメリカへ移住しています。 
安価な労働力として利用され 問題が起これば本国へ不法移民として送還される。
アメリカという 信仰心の篤い国により 搾取される人々 いないものとして 扱われている ということが 暗に示唆されているように思います。

妹と関係を持つなんて と 驚きますが 父に 子供として否定されたのですから 彼は 彼女の兄では理論上ないわけです。

そして ここで この映画に 神話的見方を取り込むと エルビスを 失った王国へ帰ろうとする 王子とみなすことができます。

父の王国へと入り込み 自分を否定する王から その王国を受け継ぐためには お姫様と結婚するのが一番 適切な方法です。
そして 姫との間に世継ぎの子供を作ることで 自分は王国を受け継ぐことが出来なくても 自分の子供が代わりに 父の王国の結果的な継承者となってくれる 正当な権利を受け継ぐのです。

それは いずれにしても 彼の中に流れる血が 王国に流れるということ。

そして 弟殺しですが これは 製作者たちが認めている通り 聖書にある カインとアベルが元になっており 父の愛情を一身に受けるため 弟を殺す姿が描かれます。
これは エデンの東でも テーマになっていたように どうやら アメリカという国にとって 魅力的な素材のようです。

姫と結婚しても 直系の息子がいる限り 自分が王になることは叶わない。
しかも この弟 布教のためのロックバンドで 演奏していたり 創造理論を学校で広めていたり 父の似姿 理想とする息子。
まさしく 父の王国に君臨するための 障害物。
エルビスが 弟を殺めるのも 王国継承者としての立場を確固にする という彼の目的を考えると 仕方のないことです。

エルビスは見事に 継承者を失った王国へと入り込み 父王から 正式な継承者として 承認を受けます。
そして 一人で戴冠式を行うエルビス。
だけれど 彼のかぶる冠は ファストフードのパッケージからできたもの。
ファストフードこそ アメリカ的なものの代表であり 彼は アメリカという王国を総べる王位を受け継ぐ立場になった と 考えていいのでしょう。

そして 父の教えるキリスト教原理主義とは 現代のアメリカを広く覆うキリスト教の一派。
この宗派は 実際は 家族の絆を大事にし 倫理を尊ぶ アフリカ系、ラテン系にも 強くアピールするものがあることから 広く受け入れられることになったのですが 聖書で起こったことはすべからく実際に起こったことである というのが 彼らの根本的教え。

そう考えると 聖書で教えられる カインとアベルの話が 実際に起こるということは 彼らの信仰心の元になる考え方からすると 避けがたいこと。

だからこそ 最後のエルビスの言葉は 彼が 父の信じる信仰の一環になったことを示唆すると同時に 製作者たちの

「この男は あなたたちの 信じていることを 体現しているのだ」

という アメリカに広まる 保守的な宗教的風潮の基本を支える教義への 挑戦のように私には見えました。

ポスターですが どうやら 世界各地で微妙に違うよう。
オーストラリアでは 一番最初のポスターが DVDの表紙になってましたが

キングNL

どうやら ヨーロッパのドコゾの国では まんま映画の中のスチールを使っているようです。
ちょっと手抜きなのか それとも 独創的にやってみたのか 微妙にわかりません。

かと思えば
キングイタリー

・・・なんか スリラー映画みたいなのは イタリア版。
ちょっと マシニストの ポスターを思い出させます。
キングUK

最後のは イギリス版のDVDパッケージなのですが 安っぽいアクションものみたい・・・。
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| エイガ | 20:48 | comments:0 | trackbacks:3 | TOP↑















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