イギリス映画 と アメリカ映画 の 違い。

同じ Distopia 映画でも 最期の希望の度合いが 違う。

アメリカは 必ずハッピーエンド。
イギリスは 一粒の希望。

どちらがいいかは 個人の好み だけれど、自分としては ひとかけらの希望 の方が 好き。

あらすじだけれど 人類が妊娠できなくなった 2027年、元反政府活動家 現 公務員 の Theoが かつての妻の依頼で 奇跡的に妊娠した少女を 無事に出産できる場所へと 連れて行く。

そこに現在のイギリスの抱える 移民問題、少子化問題、テロ、右翼化 などをからめている。崩壊した世界で アフリカやヨーロッパからの不法移民は 檻に入れられ 強制送還させられる。その扱いは あまりに不当で、ついに移民たちは イギリス政府に対して 反乱を起こす。

かつての妻の率いる組織は 反政府でありながらも ある意味 無意味に議論を繰り返し 反抗をすることで自分の存在を確認する、そういう組織であり 将来の理想はないようにも 見える。反対するために 存在する、それだけ。

全てに絶望した男 Theoは 世界で18年ぶりで初めて生まれる子供を守るために 自分の身の危険をかえりみず かつての妻の信頼と 恐らくなくしたはずの 新たな世界への希望をひそかに持って 危険な旅に出る。他の人々に助けられながら 暴力を目の当たりにし なにを信じていようが 政治的立場がどうあれ 頼るのは自分と 人々の心に残る希望を 支えに 子供と妊娠した少女を守り続ける。

映画の宣伝文句どおり 子供は将来への希望 であり、未来を象徴する。不妊の人類は 未来のない 生き物であり、映画全体を覆う 飾りのない ナマの暴力は 絶望した人類の死への道行きのよう。命が再生されないならば、誰が死のうが関係ない。どちらにしても 終末は見えているのだから。

あまりにも あからさまな 未来への希望を 隠すことなく 映画は終わる。だけれど 多分 いまだかつてないほどの 暴力に満ち満ちた現代は それこそ 人類全てが不妊に陥ってはいないものの、他人への信頼は 失われ 他者は異者として 疎外され 全てが 敵か味方か しかないような 有様で 映画が描く終末観は あながち遠いものでもないようにも思える。

実際であれ、バーチャルであれ、常に暴力にさらされ続ける現代、妊娠が科学で可能になった現代、人々は命という奇跡を忘れてしまっているのかもしれない。映画は そういう意味で 未来への祈り のようなものにも感じられた。
2006.10.31 
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