Lost in Australia 

オーストラリアから 映画と英語と暮らしのことなど 色々と

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イカとクジラ - 壊れていく大人 壊れていくコドモ 壊れていく家族

注意!ネタバレアリです!

イカとクジラ


81分という短編ながら きりりとしまった作品。
全てに無駄がありません。

ほんのりユーモアに包みながら 知識層家庭の崩壊と 大人大人であるのをやめてしまった時期 そして 子供が大人になる過程が 的確に描かれています。

監督兼脚本家であるボーンバックの デビュー作だけど この感覚どこかで味わった と 思って見ると プロデューサーが ウェス・アンダーソンで 「ロイヤル・タネンバウム」と「ライフ・アクアティック」の テイストだったか と気づきます。

だめなお父さん (一応家族思いなんだけど どうもピントハズレ)を 描くのが 上手な彼。当然 ダイスキな監督の一人。

さて この映画のお父さんも ダメオヤジの仲間。
しかも 下手にインテリだけに 手に負えない。
いい映画を観ない奴 いい本を読まない奴は 人間失格と断定。
作家として名声は博したものの それも最初の1冊だけで その後は鳴かず飛ばず。
仕方ないので大学で 創作を教えている。
一作くらいしか書いてないのに 創作技術を教えるのもどうかと思うけど 中でも有望な美人学生に 「住むとこないなら うちにどうかね」 という程度に色気あり。

このお父さん 全くもって コドモ。
家族でのテニス ピンポンでも勝ちたがり 負けると感情むき出しに悔しがり 勝つと大喜び。
子供との文学論争でも子供を負かしたがり 当然 妻との口論で 絶対勝とうとすることを やめない。

そして 子供に
「お父さんはもてたけど お母さんがいたから 誰にも手を出さなかった」
と 自慢するまではまだいいものの

「だから今後悔してるから オマエは早く落ち着かないほうがいいよ」

なんて とんでもないことを吹き込んでいる。
父親の自覚はあるものの 役割をすっかり勘違いしている。

お母さんの方は ニューヨーカー誌に処女作が掲載される予定の 新進作家で その才能に バーナードが嫉妬しており それが更に二人の関係を悪くしています。
しかも バーナードとの仲がうまくいかないのを 解決しようとするのではなく 浮気でストレス解消 自分探し。

どうやら この二人 作家というだけあって イメージどおり 自己の肥大した人たちみたいです。

そんな 大人子供の両親が いきなり別居を宣言。
そして 子供を味方につけようと 無意識に競争を始めたのだから 当の子供たちは大変になります。

理性的に とか 言って 全てを等分にしよう などと提案をしますが それすら 頭で考えたこと。
なんでも 理性に従って 相手の気持ちを考えない この夫婦の性格が浮き彫りになります。

上の子 ウォルターは お父さん側で お父さんを無条件に尊敬し 読書はお父さんの勧めるカフカを鵜呑みに賞賛 音楽はピンク・フロイドを崇拝。
そのせいで 映画の後半で問題を引き起こすけれども それくらいに お父さんの言葉が全てにしみついているわけです。

下の子 フランクは 丁度思春期にさしかかったところ。

そんなところにお母さんの不倫話 しかも 自分が仲良くしており 父親よりも父親的存在と観ているとおぼしき テニスコーチ とも 浮気をしてしまうのを知る という 性的目覚めを迎えたところに 不安定な状況に陥り 図書館やロッカーに精液をなすりつける という 問題行動を引き起こします。

子供たちの問題行動が 不安定な両親によるものであるのは 明らかです。
ウォルトがしてしまう 問題行動は 父バーナードからの賞賛を得て 受容してもらいたいから。
ですが 通常 無条件の受容と言うのは 母の役目。

フランクのそれは 母の打ち明けバナシにより 性的関心が増し その発散の仕方がわからない上に それを話せる相手である父は 別離のために疎遠になっている。

ウォルトもフランクも 本来ならば 与えられるべきもの 与えられるべき親から 与えられないでいるのが 問題行動の原因になっているのでしょう。

だけれど 父は 父らしく振舞うことをせず 息子の彼女を値踏みし 淡い気持ちを抱いている 美人教え子に迫っていたり と ウォルトが 父を尊敬しているにも関わらず その尊敬にこたえる行動はとることがありません。
父は どちらかといえば 子供たちにとって 対等な立場に立とうとしているようで それでは 両親の別離という困難に立ち向かう息子たちにとって 何かしっかりと 支えになるような存在になりえないし また 自分のことだけで精一杯なバーナードは その必要があることにさえ気づいていません。

母のジョーンも 子供たちが置かれている精神状態を把握することができるほど 大人ではなく 一所懸命 自分と母の関係を 自分が母に似ている と 保証してもらうことで 確立しようとするフランクに 持ち前の正直さでもって 

「あなたは お父さん似よ」

と言ってしまい 彼の心の平衡を取ろうとするサインを見逃してしまいます。

二人の子供に育てられた 男の子二人。
80年代と言うのは 丁度 ミーイズムとか 自分本位であることが 肯定され始めた時代です。
職業的にも 時代的にも 親が親であることをやめ始めた時代。
そして 離婚家庭も 全く普通といえる状態で 家族というユニットが 壊れていっている時代に 情操的には 両親不在と言っていい状態で どうやって大人になっていくのか が この映画のテーマなのでしょう。

タイトルの イカとクジラ というのは 学校カウンセラーにかかることになった ウォルトが 子供のときの記憶として思い出す ニューヨーク市自然博物館の展示で 海底で 巨大イカとクジラが 互いに互いを食い合おうとして 戦う情景をジオラマにしたものです。

何度も映画上に現れる テニス ピンポン も 互いに二手に分かれて 戦うゲーム。

これらには 父と母との 昔からの諍い 対立状態 心理的な駆け引きが 象徴されているのでしょう。
そして イカとクジラが怖かった と つぶやく ウォルターは 不安定な両親により 精神的な安定を常々奪われてきたわけで あまり 幸せな少年時代をすごしてきたのではないことも うかがわれます。

カウンセラーとのインタビューで ウォルトは このとき 自分と一緒にいたのは 母だけで 実は幼少時代には 父は不在だったことに はじめて気づきます。

父との親密な状態が始まる前は 母と十分に仲が良く 信頼関係を築いていたことに気づいて 初めてウォルトは その記憶を確認しに行きます。

自分には 父も母もいた と 初めて確認した ウォルトは この時初めて 子供時代を取り戻し 大人になる準備ができたのでしょう。

ひそかに この 一見理性的な アメリカの知的階級を代表する インテリ夫婦の内側に潜む どうにもならない不確定要素を象徴するかのような 猫の行動が 見ものです。

よく書かれた短編小説を読んでいる感覚を味わえました。

舞台となっている ニューヨークの風景も 見ていて とても気持ちよかったです。
あんまりニューヨークには興味がなかったけれど この映画を観て 一度くらいいってもいいかな?と 思うようになりました。

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| エイガ | 21:35 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

ちわっす

これ、いい映画でしたよね!テーマも、手法も、キャラもばっちりかみ合って、色々考えさせてくれる映画でした。

| チュチュ姫 | 2008/06/08 01:38 | URL |

チュチュ姫さんへ

いい映画でしたよね ホント。
彼のこの次の作品 Margot at the wedding観たかったんですが 人気なかったらしくて一週間で打ち切りに(涙)。DVDで鑑賞しようと思います。

私もあんなおとーさん やだなぁ…。

| プリシラ | 2008/06/08 13:59 | URL |















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タイトルが一体何を意味しているのか、最後まで観てもわかったようなわからないような。壊れかけの不完全家族のリアルな姿が淡々と、生々しく描かれる『イカとクジラ』(THE SQUID AND THE WHALE)。5ブロック先までのドライブを、地下鉄駅のホームのカットで繋げたりする斬

| 試写会帰りに | 2007/02/19 23:10 |

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