Lost in Australia 

オーストラリアから 映画と英語と暮らしのことなど 色々と

2007年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年04月

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ステップ・アップ

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ステップアップ1

あ~楽な映画が観たい!

と 思ってしまうワタシ。

自分のブログが長いことを自覚しており 読む人も辛いけど 書いてる自分も 暇人のようで悲しくなることがしばしば。
そのうえ 観てる映画も なんだか変なのが多いので たまに

これはヨロシクないのではないか

とさえ思ったりしております。

とかいいつつ 実はダンス映画好き。

ダンスが出るとなんでも観てしまいがち。

やはり 人間の肉体の動きというのは 美しいし ダンサーというと この映画のように

「タイツ履いて」

とか

「上流階級の人のするもの」

というイメージがあったりするわけですが この映画のいいところは そういう固定観念にちょっと挑戦していたりするところ。

ま タイツはネタとして ずっと使われていますがねw

芸術家になるにはお金がかかるので この主人公が関わることになるアートスクールは 殆どの学生が奨学金を得ているということが 触れられますが そこで アメリカの底力を知ることも出来るという 一粒で二度おいしい状態。

アメリカって なんだかんだいいつつ 企業の社会還元が大きいところで そういう面はダイスキで 日本も見習わなくちゃ と 感じます。

芸術家って 元々パトロンがあってのもの。
だけど 現代ではそれは難しい。
才能があっても 家が豊かではないと そのまま市井に埋もれてしまう。
それを発掘し 機会を与えるという 懐の深さに感心しました。

そして それを体現していくのが 主人公タイラー。
貧困な家庭に生まれたために 将来についての希望もなく 毎日をダンスとパーティと非行に費やす少年。

それが運命のいたずらで アートスクールに足を踏み入れ 自分の持っている才能を使えるようになる。

貧困層と 上流階級の対比を このタイラーと 彼をダンスパートナーとして受け入れざるを得なくなる お嬢様育ちのノラで 行うと共に ダンスというものの官能性 言葉を使わない表現としての 可能性を見せてくれます。

そこに パートナーというものが 基本的に

信頼

を元にしているということ。

そして 他人を信頼し 他人に信頼されるには どうすべきか を 環境のせいで知らなかったタイラーが 恋とダンスを通じて 理解していく姿に 人間には可能性があり 足りないのは公平な機会なのだ と つい信じたくなってしまいます。 

タイラーの育った環境では 上流階級に鼻を突っ込んで 古くの友達をないがしろにする というのは 重大な裏切りだったりしますが それは 互いには互いしかいない ということで 何もない という 社会的弱者のありのままを直視しています。
 
タイラーが古い友達に 自分の思ったことを正直に話せないのは 思春期ゆえの見栄だったり 恥ずかしさだったり だけど 好きなことはやめられない とか なんとなく覚えがあるのも 観客が主役二人と同じ年齢層でも それより上でも 共感を持たせるにはいい手段です。

また タイラーが最初は

どうせ お嬢さんお坊ちゃんのすることだろ

みたいに思っていたのが だんだんダンスの世界に取り付かれていくところも 見ていて 人間はやはり 自分の好きなことをするのが一番で そして 自分を認めてくれる世界が必要なんだ と 改めて気づかされました。
そして そういうものが 貧困層にもっと与えられるといいのに とも。

この映画 性質上 勿論 恋の三角関係があったり なんというか 陳腐なシーンがたくさん出てはきますが よいところは 上にも書いた 社会的差別と社会的弱者の立場に置かれた人々が 傍から見れば 無駄な暮らしをしているように見えても 実は 希望が持てないから どうしたら 自分の暮らしをよく出来るか どうしたら 今の自分とは違ったいい人間になれるのか 理想の姿 将来の希望が持てないから ということを 示唆している点。

その社会的不均衡を単に指摘するのではなく 弱者側のものの考え方にも問題があるのではないか タイラーのように 何か始めても すぐにガマンできずにやめてしまわないか? ということを 指摘しており 偏りのない描き方に 大変好感を持ちました。

ストーリー以外では クラシックを基本とするノラのダンスが テイラーのストリートダンスに影響されて変わっていくのが 本当に面白い。
ステップアップ2

二人が 廃墟の屋上で踊るシーンも ラブシーンよりもはるかに強く 二人の恋愛感情の強さ ダンスを通じた深いつながりを 描けていたように感じます。 
ステップアップ3

ブラック系の音楽も 魅力的で 特に最後 ショーケースで使われる クラシックとヒップホップ系のミックスも この映画のテーマである 違った二人の融合 ということで ドラマティックで サントラが欲しくなりました。
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| エイガ | 23:14 | comments:4 | trackbacks:2 | TOP↑

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ニコラス・ケイジ の ウィッカーマン を 観ました

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ウィッカーマン

少し忙しくなってきていて 毎日更新していないのですが 映画は観るようにしています。
そのせいで 書くのが追いつかなかったりしますが・・・。

映画館に行く時間も作れなかったりするので ついつい DVDレンタルしたりして。
というのも 同居人は かなり 忙しい人。

ノンキで脳天気なオージー

というイメージは 彼にはあてはまりません!
一日12時間くらい働いている上に 週末も働いている・・・。

いいのか それで?
オージーの名前を汚すな!

と言われそうですね。
お酒も飲まないし スポーツも嫌いだし。
世間様の持つ オージーのイメージを狂わせていますが それはさておき この忙しい同居人 当然疲れています。

映画は観たい でも 体力なくて 映画館に行きたくない。
というわけで 金曜日はDVDを借りてきてくれるので ちゃっかりお相伴させていただいております。

で 今日借りてきたのが

ウィッカーマン

あちゃー・・・

あなた ニコラス・ケイジ 目当てで借りたでしょ!

と すぐわかりました。

「この映画 リメイクなの知ってる?」

と 聞いたところ すぐさま ググり

「や しまった ☆一つだ!」

と 騒いでおりました。
でも 観たんですね 彼と私。

で なんかいきなり バイク警官のニコラスが登場。
ウィッカー5

・・・ニコラスってば 本当にバイク 好きなのね・・・。

車両火事から 子供を救えなかった ニコラス。
トラウマで 落ち込んでいるのが出だし。

そして 映画は 女性が支配する孤島へ移動。

そこで 警官=マッチョ ニコラス 大暴れ。
ウィッカー6

警察バッジを振りかざし
ウィッカー1

村の子供相手に キレてみたり 小学校の先生相手に 銃突きつけて 自転車奪って現場へ急いだり。

前妻前カノに 子供消えた と 言うことで孤島に呼び出されたんですが この元妻前カノが美人なので

よりでも 戻したいのか?

と 思ってしまったり。
前カノ

調べたら オーストラリア出身の 女優さんでした。
前作は フライト・プラン。

後 一時期 ニンフェット とでもいうんですか 美少女ということで 人気だった リーリー・ソビエツキが出ていました。
ウィッカー4


ま 自分の子供がいなくなった (違うかもしれない 眠いの堪えてたから)となれば 頑張るのが当然だけれども どうして この人が 子供と離れて暮らしてたのか ちと 不明だったので この思い入れは 自分が子供を救えなかったという自責の念からなんでしょう。

1973年の映画では 島の当主は クリストファー・リーが演じていたのですが
昔のウィッカーマン

リメイクでは 女性当主となっており しかも島は女性に支配され 男性は労働力と 子種の役割のみ あてがわれている。
途中で出てくる 蜂も メス蜂が集団で社会を形成し オス蜂は 同様に子作りが一番の存在理由 という 隠喩なんだろうけれど。

その中に アメリカンマッチョの典型的なイメージである 警官 をぶち込み 女性だけで編まれた 不思議に協力的な世界の 不可思議さとの 戦いを描いていた というところです。

原作は結構評価が高くて それはどうやら これは 禁欲的なキリスト教的価値観と性に満ち溢れ なおかつ 性的奔放さを肯定する異教徒の価値観の 衝突 というのが テーマだったそうなのですが。

しかし リメイクには そんな性的奔放さは 殆ど観られません。
唯一あったのは ニコラスの元妻 ウィロウとのキスシーンくらいで 後は 思わせぶりな仕草くらい。

というわけで これでは 原作にあったものが 出ないのも当然なわけで 拳銃振り回して 汗だらけで走り回ってるニコラスに 

「よその社会に行ったら よその流儀に合わせなくては ダメだよ ニコラス」

と おせっかいだけど 忠告したくなるくらい。

と 書いたところで気がついた。

性的側面を全て省いたのは ニコラスを 男性的な価値観に満ち溢れた 異邦人 つまり 

アメリカ

という国 銃という暴力と 警察という権威に訴える特徴を 持つものにたとえ それと反対な世界 彼には全く理解できない 文化と慣習を持ち 協力に基づく世界を築いた世界との 衝突を 描くことで アメリカというものを 批判しようという 意図があったのでは?

もし 本当に ニコラスがいなくなった娘を捜したいのならば 協力的じゃない村人たちを 脅すのではなくて いかにして協力してもらうように努力すべきか 考えるべきではなかったのか?
それが 現在 世界中と対立する アメリカが 他国に土足で立ち入る前に やるべきことじゃなかったのか?

という メッセージを伝えたかったのだろうか?

とはいえ なんとなく あんまり雰囲気もないし 思わせぶりな演技が多い中 汗水たらしながら 走り回り 女教師を銃で脅して自転車を奪う ニコラスの熱演は見ものです。

やあ!熱い!熱いぞ!

と思って見たら ニコラス プロデューサー兼ねてました。

とりあえず 音楽はバダラメンティで その辺の雰囲気はありましたが まあ 今度旧作見つけたら 比較のために観てみます。

今回発見したポスターは以下の二つ。
ウィッカーマン

絶対 映画そのものより よい出来のポスターです これ。
これなら ホラー映画好き この映画観る気になってしまいます。

次のがオーストラリアでの公開版(ただし どうやら デンマークかどこかのものですが)
ウィッカーマン7

観てると 

・・・アレ?

ニコラスさん 実物とちょっと顔 違ってない?
なんか 痩せてて かっこよくない?

やっぱり プロデューサーだから なんでも好きに出来るってことでしょうか?

| エイガ | 22:27 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボンボン

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ボンボンポスター

地球の裏側 アルゼンチンから 心温まる映画がやってきました。
その名も 

ボンボン

これ 主役のおじさんが たまたま飼う事になる の名前。

で このは こんな顔です↓
ボンボン3

とても ボンボン なんて カワイイ名前が似合わない面構え。
だけど 実は 元の飼い主がいなくなってから ゲンキがなくなるなど ちょっと繊細?なところあり。

主役となるのは こんな人↓
ボンボン1

アルゼンチン映画ですが 舞台はパタゴニア
メカニック一筋でガソリンスタンドで働くこと20年。
いきなり 失業。
年を取ってからの 失業は堪えます・・・。
元々お金持ちな訳でもなく 手作りナイフを売って 生計を立てようとするも そんなもの売れるわけもなく・・・。

身を寄せた娘夫婦も 同様に貧しい。
旦那さんは 働きもせず 朝寝坊をして 子供の面倒も見ない体たらく。
ボンボン4

見るからに情けない感が漂っています。
同じ貧乏でも こちら フアンおじさんは 一所懸命働いてきたにもかかわらず やむなく失業というはめに陥ったにもかかわらず こやつの場合 どうも働く気もなさそう。

この家庭を見るだけで パタゴニア貧困家庭の様子がうかがえます。
家は ごちゃごちゃ 子沢山。
お金がないのは 家族の間の愛情も 損なっていくよう。

なぜ 貧乏な家庭に限って 子供が多いのか?
それが いつもギモン。
子供が多いと 食い扶持が増えて大変なのに・・・。
それしか娯楽がないにも関わらず 避妊をする知恵もお金もないのだろうか・・・。

この エビスヨシカズさんによく似た フアン(愛称ココらしい)おじさんは 本当に人柄がよく 気弱。
スクラッチくじで 高価なエンジンオイルが当たっても お金の方がいいなぁ とは言えないのは 気弱なせいか それとも それでも誇りはあるのか。
どっちかといえば 気弱と見た。

その気弱なおかげで 困った人を見て助けずにはいられない性格の 一家の主を失ったお宅から 白いドゴ・アルヘンティーノとかいう 血統書つきの (ただし めちゃデカイ)を 引き取るはめになってしまうフアンおじさんでした。
ボンボン2

この 1人と一匹の様子を見てるだけで なんだか笑えるんですよね。

この おっさんと が お涙頂戴に走るわけでもなく 過剰な愛情を示すわけでもなく ただ 本来の意味の Companion として 絆を築いていき そして この目立つのおかげで フアンは 今までメカニックとして過ごしてきた人生では 出会えなかったような人々に出会い いけなかったような場所に行き 見なかったようなものを見るという ロードムービーです。

わらしべ長者 と 宣伝されていましたが まさしく そんな感じ。
フアンには 何の欲もなく ただ 自分に与えられるものを受け取っていくだけで 文句も言わず 戦うでもなく 

そーゆーもんだよな・・・

と 楽観的というか 受容していく様は ごひいき アキ・カウリスマキを 髣髴とさせました。

素直な このおじさんと ボンボンの関係は 今の過剰なペットブームとは 対照的に 静かで だけど 確かなもの。

おじさん ボンボンのこと 本当に好きなんだろうか? と 思ってしまうくらいですが 彼にとって ボンボンが本当に大事な存在であることは 最後に明らかになります。

そして 占い通り フアンおじさんは 世界を旅する運命になることを 示唆し ボンボンが 幸せを勝ち取る(???って言っていいのでしょうか?) とぼけたエンディング。

見終わった後に ああよかった と ほんわかした気分で映画館を出られる映画でした。

この映画については 多くを語らず 実際に観ていただいたほうが いいかと思います。

監督さんは かつて 旅する歯医者映画 エバースマイル・ニュージャージーを撮った方。
そういえば あれも ダニエル・ディ・ルイスが オートバイで広大なアルゼンチンを旅する映画だったなぁ。

| エイガ | 10:57 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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電話もインターネットもつながらない2日間 in Australia

大変でした、この二日。

というのも 突然 電話インターネットもつながらなくなったから。

正確に言えば メッセンジャーは大丈夫 インターネットも軽いものなら閲覧可能 だけど 画像が大きかったり バナーがたくさんあったりするページは 固まってしまう または 

そんなページはありません♪

と 表示される・・・。

当然 自分のブログにも触れず 2日間が経ちました。

何が悪いかわからず 色々周辺機器をいじっても何の変化もなく

「さては 寝てる間に雷でも!」

と モデル&ラウターを変更してみたり。

電話

「新しいの 壊れたか!」

と 古いのと交換しても うんともすんとも言わず。

とうとう これは 電話局のせい・・・ということで 電話してみたら なにやらあちら側の交換が どこかで落ちているとかの説明を受け 1日か2日待ってくれ ということ。

もしかしたら 誰か修理の人が来るかも ということで 自宅待機を命じられ 仕方なく家でDVD観てました。

ちなみに 電話はまだつながっていません!
しばらくは 全部携帯電話に転送してもらうことになっています。

いい映画 DVDで観たので 後で記事にしようと思います。

というわけで オーストラリア 突然電話止まったり インターネット止まったり 毎日がハラハラです!

| 異文化体験 | 06:37 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボビー 観ました

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ボビー


最近懐古趣味の映画が多いけれど そういう映画の楽しみは 当時の風俗 特に衣装やヘアスタイルは 観てても楽しい。
ボビー

これは 徴兵忌避のために (実際は前線送りを逃れるため)偽装結婚する若カップル。
リンジー・ローハンの パステルカラーのチェックのドレスに ストローバッグが オシャレです。
そばかすだらけのお肌も チャームポイント。

このほかにも ゴージャスに膨らませた髪型に つけまつげバリバリなどなど。

なので ボビーもそういう理由で観に行きました。
あまり期待してないで観たせいか 思ったよりもいい出来に感じました。

色々な人がある場所に集って事件が・・・というのは オトモダチが指摘してくれたように 先日亡くなった ロバート・アルトマンの得意な形式でしたが この映画は 元々 ロバート・ケネディと 彼の暗殺 という 求心力があるので そこに至るまで関心と集中力をキープできるか どうかに 監督の手腕がかかっていますが エミリオ なかなか よくやってくれたと 感じます。

そして 皆様ご指摘のように ベトナム戦争当時の風潮 雰囲気と 同様に泥沼化するイラク侵攻を重ね合わせ アメリカの人々の間に高まる 新しい風を期待する熱意と それが砕かれる落胆を 描いています。

クライマックスで サウンド・オブ・サイレンスが流れるのも 時代を表す音楽として よい選択でした。

観客は 当時と同じ熱狂が 自分たちにもあるかと 問い 当時と同じく平和を希求するにもかかわらず それを達成する方法をいまだ見出せないことに苛立ちを感じ 劇場から出たときには 自分には一体何が出来るだろうか ボビーは映画の中で射殺されてしまったけれど 今の時代には そのボビーさえいない 期待をたくす相手さえいない 不幸な時代に どう対処していけばいいか を 考えるのではないでしょうか。

このほかにも アメリカが抱える問題として

アフリカ系とヒスパニック系の置かれた立場 

差別されても 希望と未来を信じ 耐えることを忘れないようにしようという メッセージ

人種という壁に捕われて 相手も同じ人間であるということを 忘れてしまい 人間関係で一番大事なものを 忘れているのではないか という 疑問

といった 社会的なものと

芸能界に生きるプレッシャー
美しい女には つきものの 老いとの戦い
本当に信頼できる男女関係・夫婦関係を築く難しさ
高齢者にとって 生きがいとは

といった身近なものに

60年代のドラッグカルチャー

といった風俗をからめ

上手にミックスしていました。

時折挿入される MLK師の暗殺の話 ケネディの演説行脚など 現代アメリカ史の勉強にもなって お得です。

俳優さんでは 最近メキシコ人俳優が人気ですが この映画にも ステキな俳優さんが出ています。
ロド

フレディ・ロドリゲスというそうで これからが楽しみです。

そして あんなにステキだったのに・・・と 残念だったのがこの方↓
エミリオ

手前のエミリオ お父さんに似てきましたが まだまだ若さを残しつつ ステキに年を取っておりますが 問題は後ろの方。

そう クリスチャン・スレーター。
ああ 80年代には期待の新星と騒がれ リバー・フェニックス亡き後 その後を継ぐのでは と 期待されていたのに 額の後退がたたってか サイコ・キラーが似合う感じになってしまいました。

他にも 皺だらけ 老けメイクで登場 と 美人セクシー女優としては ものすご~く勇気のある選択をした シャロン・ストーン と 全身整形をして復活を狙う デミ・ムーア の 対決。

ヘザー・グレアム リンジー・ローハンといった 新旧美人女優を 交え 

自然と 人間の技術の 戦い


を 見ることが出来ます・・・って イジワルだな 私。

| エイガ | 20:46 | comments:9 | trackbacks:1 | TOP↑

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セックス・アンド・マネー (Friends with Money)

フレンズ・ウィズ・マネー4


この映画 話題にもならず ひっそり公開され ひっそり終っていたのですが どうやら 日本でもDVDスルーと あの フレンズの ジェニファー・アニストン主演なのに 悲しい扱いを受けていたようです。

私は特に観る気はなかったのですが 同居人が借りてきていたので 一緒に観させてもらいました。

同居人がいつも 

「この女優さん すっごい キュート☆ なんとも言えないんだよね~」

と言っている キャサリン・キーナーが出てるので 借りてきたようです。
しかし 私には 一度もこの女優さん かわいいともきれいとも 思ったことはなく ましてや キュートなどとは 全く思いもよらない褒め言葉。

「こーゆー スレンダーで なんか暖かそうな感じ わかんないかなぁ」

と 言っておりますが まあ 確かに

40歳の童貞男(大傑作!見てない人は絶対観よう!)

では 主人公が40歳にして 童貞を捨てる相手を演じておりましたが キュートなんて・・・。

しかし この映画での彼女が演じるクリスティーン

なんとなく 彼の言う通り

キュート

に 見えたのが ものすごくフシギ。
演じている役は 結構 性格悪いんですが。
何故だろう。
髪型のせい?

さて この映画には 大きな欠点が。

それは・・・






他の3人のお金持ちの友達に比べ

オリヴィアが

どう見ても かなり若い。

そのうえ

ジェニファーの つやつやの髪 すべすべのお肌 を見て

「貧乏なわけないじゃん・・・」

と つぶやきたくなってしまう。

まあ こうした 欠点を除けば なかなか 興味深い映画でした。

主人公 ジェニファー・アニストン演じる オリヴィアは お金持ちの学校で教師をしていたけれど 自分よりはるかにお金持ちの生徒たちを見ているうちに 人生に絶望して 今は通いのメイドをして 生計を立てている。

お金持ちのお友達(これが オリジナルのタイトルですが) フラニー (ジョーン・キューザック)の家には 当然だけど メイドがいて それが恐らく不法移民のメキシカンらしい。
そんな風な階層まで 彼女は落ちぶれてしまった というと いい方は悪いけれど 他の3人の友達からは 社会的にも 経済的にも はるかに下になってしまった。

そのせいなのか 男選びも全然ダメ。
多分 彼女は自分の人生に 希望を見失ってしまっていて とにかく 何でも受け入れること 嫌なことを嫌と言えない余り 自分よりはるかにお金持ちの パーソナル・トレーナーと メイドとして働く先で えっちまでしてしまい その挙句 この男 

「オレも掃除手伝ったんだから ちょっと金くれよ」

とたかる有様。
しかもこいつ プレゼント って言って くれたのが これ。
フレンズウィズマネー

・・・そんなもの 着るな!
叩き返してやれ!

と つい テレビの前で叫んでしまいました。
メイドカフェに代表されるように 一般的男性はメイドが好きなのでしょうか???

大体こいつ フラニーが紹介してくれたのだけど 初デートでいきなり 昔つきあった女の子を発見。
オリヴィアを置き去りにして その子と話しっぱなし。
そんな男を置いて さっさと席を立たないオリヴィアもオリヴィアと 見てる側はイライラするけど 

「どーせ アタシの人生なんて こんなもの」

とでも 言いたげなふくれっつらが 単調な演技をしがちなジェニファー・アニストンには はまっている。
ベッドの上でさえ 喜怒哀楽のない様子が かえって 彼女の人生に対する無関心振りを物語っている。

しかし 不幸なのは お金のない オリヴィアだけではなく お金持ちの友達も それぞれに不幸を抱えている。

とにかく 自己中心的な夫を持ち 超お金持ちで 一見 ノンシャランで平和主義者のフラニーは どうやらひそかに何かに腹を立てているのだろうか オリヴィア相手にかんしゃくを破裂させたりしている。
演ずる ジョーン・キューザック
昔はアート系の映画なんかで ちょっと変わった女の子を演じていて 小じわは目立ってもまだまだカワイイ。
彼女に マギー・ジレンホールの 将来を見てしまうけど。

脚本家として成功している クリスティーンは 夫と二人で作品を書きながらも 日々のこまごまとしたことで 意見が対立。
家の増築が原因で 他人のことが色々気になる つまり 自分のことも 色々気にしてもらいたい! という性格の裏返し。

彼女の夫が これまたうんざりするタイプ。
PCに向いながら 脚本を書きつつ となると 女性なら ついついお菓子に手が伸びがち。
それを横目に 聞こえよがしに

「また そんなくだらないものばかり 食って」

なんていった上に

「キミ太ったよね」

とまで 言い放つのだ!

世の男性諸君 気をつけよう。

女性に太ったは禁句。
例え10キロ太ろうとも 本人が口にするまでは どんなに気になっても 口を滑らせてはいけない。

そして 一番すごいのが デザイナーのジェーン。
どうやら 更年期障害か何かで イライラ。
頭を洗うのもやめ 常に怒りを爆発させ ついには スーパーのドアにぶつかり 鼻を骨折。
ジェーンの夫は 靴下のデザイナーなのだけれど 誰がみても ゲイ と 言われるくらい なんとなぁく ゲイっぽい。

もしかして 本人が気づいていないだけで 本当にゲイで そのせいで ジェーンがイライラしてるのでは?

と思ってしまう。

そう もしかしたら この3人のうち フラニー以外は 性的不満に悩まされている という設定なんだろう。
フラニー 子供二人いるし。

かくのごとく 悩み多き女性4人組。

ノーと言えない 優柔不断 流されるままの オリヴィア。
平和主義に隠された 空虚な結婚生活を送る フラニー。
家庭不和に苦しむ クリスティーン。
更年期障害という 避けられない状態に悩まされる ジェーン。

一体どうなってしまうんだろう この人たち・・・

と 不安に思いつつ また

どいつもこいつも 共感できない人ばっかだ!

と 思いながらも 環境や年月に耐えて友情を長続きさせてきたオンナ4人は それぞれに なんとなく すっぽりと最後に丸く事態を収める。
勿論 不幸に見える結果も中にはある。

だけど この人たちは 結局これで 幸せなんだろうな 

と 映画が終わって思ってしまった。

ものすごく幸せ でも ものすごく不幸 でもない。
お金があるから 幸せになれるわけでもない。
お金がないから 不幸なのでもない。

自分の人生を 自分で決めること
誰かに 小突き回されないこと

それが 一番の幸せで パートナーっていうのは そんな自分の隣にいて 

それでも キミが一番きれい

という 夢のようなことを 嘘でも言ってくれる そういう気遣いがあるのが 女としては 一番求める資質なんだろうな。

借りたDVDのパッケージは 一番上の写真なのですが (ちなみに ジェーンのデザインした服を全員着てるけど 個人的には ちょっと・・・。マテリアルは高そうだけど) 他に発見したのを ちょっとご紹介。
フレンズウィズマネーポスター

これを見ると 爽やかな友情物に思えますね。
フレンズウィズマネーポスター2

個人的にはこれが一番好きです。
このイラスト どこかで見た事がある・・・。
お金持ち具合がよくわかって よいし よく似てる!
フレンズウィズマネー3

最後のこれ どこの国かはわからないんですが ものすごく アートっぽいですね~。
ターゲットがよくわかります。

| エイガ | 23:11 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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あるスキャンダルの覚書

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Notes on a scandal


昨日見た ヘンダーソン夫人の贈り物 の 愛らしくも無邪気 だけど 愚かで勇気がある ヘンダーソン夫人を演じた ジュディ・デンチが主役の映画です。

しかも 実際に起きている女教師と 未成年の学生の事件が元になっている ということで 話題性は十分。
こちらでは

「我等がケイトの映画」

ということで 評判でした。
私も観に行ったら お隣のおばさん 推定年齢ジュディ・デンチより ちょい下 が お友達と観に来ていたのですが。

観終わった後

「いや~ね~ 私 この映画観て なんかいやになったわぁ」

というような 映画でした。
詳しくは 後ほど書きますが。

さて 今年のアカデミーは ヘレン・ミレンが取ったけど この映画のジュディ・デンチを見た後では う~ん・・・という 感じ。

勿論 ヘレン・ミレンの女王さまはものすごく 品があり 抑えた中にも 感情の動きをきちんと表現していて それは素晴らしかったんだけど この映画で ジュディ・デンチ演じる バーバラの姿を見たら やっぱりちょっとかすんでしまう。

それくらい 恐い。
精神的に怖い。

人間って こうまで 醜くなれるのか と 恐ろしくなる。

外見も 中身も 醜い。
そんな女性を演じています。

この女性 バーバラは 公立学校の先生で なのに子供がダイキライ。
子供がスキとか 教育に熱意がある とかじゃなくて 単に 安定しているから とか 人から尊敬される仕事だから と 選んだのであろう
そして 誰かに無条件で権威を振るえるから と 選んだのであろうことが 映画が進むにつれて 見えてくる。

映画は バーバラのナレーションを背景に進んでいくが これは彼女がずっとつけている日記という形式であり 彼女が何をどう思っているかが わかっていく。

そして ナレーションで聞かれるバーバラのコメントは 本当に意地が悪い。

彼女は全てを 

愚かで
無意味で
どうしようもない
救いようがない

そんな存在として 描いている。
彼女は この世界全てを憎んでおり さげすんでおり そうする資格がどこにあるんだ?と 思わず質問したくなるくらい。
 
生徒たちの質の低下 
生活環境の悪化 
同僚の教師の容姿 
そして 
新任美術教師のシバ。

バーバラという 古風な名前の彼女と違って シバなどという変わった名前
わざわざ庶民のようなふりをしても 隠せない 他の生徒や教師たちより上の階級。
彼女の着ている洋服は ボヘミアン風だけど 実はとても高そう。

若く美しいシバに 最初は距離を置いているものの 経験のなさから 生徒をもてあますのを助けるうちに 二人は年齢を超えて 友人となっていく。
勿論 バーバラは 自分の苦い思いを隠しているし 年だけとって 話し相手は猫だけの彼女にとって 誰かが自分の心のうちを語ってくれる というのは 心地よいことだったのだろう。

そして シバも 登場したときの姿とは違って 実は色々と鬱屈を抱えていることがわかる。
若くして結婚したのも 仲の良かった父親の死去に伴い そりの合わない母との関係から逃れるため。
結婚したのは 自分より20歳くらい年上の夫。
子供は二人いるけれど 上の娘は反抗期で イマドキの子供。
下の子供はダウン症を患っている。

ずっと家族の世話をしてきて 勿論それがイヤだと言うわけではないけれど 世間では

「よいおうちに生まれて 結婚して 子供を生んで が 女の幸せ」

というのが 常識のようになっているけれど シバにしてみたら 自分の青春時代が失われてしまったような気がしていたのかもしれない。
だって 20代なんて 女性にしてみれば まさしく花盛り。
それが全て家庭生活に捧げられてしまった
アーチストになりたかったのに 家族を優先してしまった
自分の欲求を優先したくても やはり 家族への責任もあるし 夫も優しい 子供だって大事
だけど・・・

と シバはシバで バーバラが彼女の若さを羨ましがろうが 彼女なりに失った青春を惜しんでいる。

その後悔とでもいうべきものが シバを 学校の生徒と関係を持つ結果へと追いやってしまう。

実はこの関係が バーバラにばれるのは 結構映画の最初の方であり そのシーンは はっきりと顔がうつされなくても 異常にエロティックに映されている。

バーバラのシバへの思い。
これは 同性愛的な感情 と 書かれており カメラもバーバラがシバを観る時は 男性が女性を見るような目で なんとなくセクシュアルな感覚が見て取れる。

そして 彼女は 自分が掴んだ シバの秘密を 彼女を自分につなぎとめるためだけに 利用する。
それは よくわかる。
なぜなら それは 彼女がシバを失わないための 一番の武器だから。

だけど バーバラ同様に 自分勝手なシバのせいで この武器の威力である秘密の価値と それを使ってバーバラが築き上げた

思いやりのある 年上の友人

という立場を 失わせかける。

シバは シバで この少年から受ける賞賛のとりことなっていたのだ。
いくら美しくても 彼女はしょせん 人の妻。
すぐに美貌も衰える。
だけど 今なら 15歳の少年が 美しいといい 自分を求めてくれる。

この ドキドキ感と 誰にも言えない という 秘密こそが 彼女が失ってしまった 若さを想いださせ 自分もまだ その時代に帰れるという 幻想をシバに与えてくれたのだろう。

美人ではないバーバラには 全く理解できない 気持ちだろう。
だからこそ シバは バーバラに言われても 家族に知られかねなくても 逢瀬を重ねたのだろう。

彼女が関係を持つ生徒はまた どうやら労働者階級らしく アイリッシュ訛りに 集合住宅住まい。

こうした階級が下のものに 惹かれてしまうのも また 上流階級ならでは。
彼女のアトリエにある 昔の写真を見ると どうやら パンクなどをやってたらしい。

聞いた話では パンクに染まっていたのは 結構上流階級の子女が多かったそう。
というのも 窮屈な社会に退屈・反抗したかったから。
シバもそういう 自由を求める心があり 労働者階級の人々が持つ率直さに つい心動かされてしまう原因となったのだろう。
とはいえ 彼女ももう家族がいるのだから 一人で自由を求めようとするのは 相当勝手な話である。

この自分勝手な二人 バーバラとシバは 互いに 自分勝手を重ね 相手の気持ちを思いやらない。
バーバラにとって シバは 自分の力を行使することで 話相手となる いわば 脅迫関係でしかないし シバにとって バーバラは 都合のいいときに助言を貰う相手でしかない。

片方は老いて美しくもなく中産階級の出 片方はまだ若く美しく しかも上流階級の出身

見た目は違っても 同じくらい 自己中心的な人々の話なのでした。

しかし 途中まで この二人の 精神的な戦いが繰り広げられ この先どうなるんだ この二人はどうなるんだ と ものすごく緊張が続きますが ある過去の話が 暴露されたとき この映画は 単なる 

精神的に問題がある人

の話になってしまったようで かなり残念でした。

ゴシップがばれてしまいマスコミ攻勢に会う展開も シバがバーバラの秘密を知ってしまうときも ちょっと メロドラマっぽくなってしまうのが 惜しい。
クライマックスシーンなんて

「随分大時代な撮り方だなあ」

と 思ってしまったくらい。

原作つきだから仕方ないのですが バーバラの姿が 単なるモンスターではなく もう少し深く人間性というもの 孤独というものの正体 例え人間嫌いでも 誰かとつながりを持ちたいと願ってしまい 自分にはないものを求めてしまう どうしようもない悲しさ といった 人間の本質に迫る描き方がされていたら もっと よかったのに と 残念です。

孤独な人間は その孤独に 心を蝕まれてしまう

という 悲しい話ならよかったのに。

孤独な人間は たまたま自分に関心を向けてくれた人 自分が好きだと思った人がいたら その人に精神的にしがみついてしまって その人を失わないために より近くなるために 何でもする という話なんだろう と 思っていた。

そういう寂しい人の話が観たいと思っていたけれど バーバラはそんな弱い人間では全くなかったし シバも寂しい人間だったけれど 人間嫌いだけど それでも愛するものがいた バーバラの気持ちを想像できない程度の人間であった。

だけど 映画の終わりは 壊れてしまったと思った シバの家庭がもう一度 再生の機会が与えられることが示唆されていて シバには帰るところがあったけれど バーバラにはそれがない。
だけど そのせいで ある意味 解放された姿で登場する バーバラの様子には苦い後味が残ります。

私はやっぱり 二人とも 自分勝手な人たちなんだから バーバラにも 何か救いを上げて欲しかった。
もしかしたら あれが 彼女にとっての救いなのかもしれないけれど。

まあ この映画を 捻じ曲がった恋愛物語 と 捉えて 自分の思い通りになる ピグマリオンを 作ろうとして 失敗し続けている 女性の話 と 考えれば それはそれで まさしくイギリス的な映画のパロディとして 受け取ることも出来て いいのですが。

それにしても どうして 年をとった 美人じゃない女性というのは こうも 悪意をもって描かれるのでしょうね?
やっぱり お金もない 年よりは ダメってことなんでしょうか?
こないだ見たVenusと 今度は比較したいと思います。

とりあえず ケイト・ブランシェットって 美人なのに 内面まで表せる女優さんで 色々な役も出来る 現代を代表する女優さんの一人だと思います。
エリザベスに続いて デンチと共演できるということは やっぱり実力あるからなんでしょうね。
だけど 二人で並ぶとやはり ジュディ・デンチの存在感は圧倒的でした。

シバの夫を演じる ビル・ナイの 優しい旦那さんぶりは 緊張感が続く中 一安心できる 存在で 

「こんな 旦那さん 欲しいなぁ」

と 思ってしまいました。

この二人の演技合戦を観るだけでも 価値あり ですが 女性に夢と希望を持っていたい 男性の方にはお勧めできません。

| エイガ | 22:17 | comments:12 | trackbacks:2 | TOP↑

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ヘンダーソン夫人の贈り物

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ヘンダーソン夫人


クィーンで アカデミー主演女優賞を見事獲得した ヘレン・ミレン と 同様に いつでも 賞レースに参加しているのが この映画の主演女優の ジュディ・デンチ。

呼び捨てにしてはいけません。
何せ その功績を称え Dameの称号までいただいているのですから。
どの映画に出ても 彼女が出てくるだけで 雰囲気がガラリ と 変わります。
彼女と共演する若い女優さんは 辛いだろう って 思う。
自分の未熟さを思い知らされるばかり。
円熟という言葉は 彼女のためにあるようなもの。

とはいえ、御年72歳になられる デンチですが 実は今でも

明日にはもう仕事が来なくなるんじゃないか・・・

と 不安になることがしばしばだそう。

「女優なんて 若くてキレイで ナンボでしょう」

と おっしゃっていた。

こんな人でもそんな気持ちになるのねぇ・・・

と思うと 体を張ってでも 仕事が欲しい!という気持ちが なんとなくわかるような気がする。

というのが この映画に出てくる レビューガールたちの気持ちでもある。

ただし 彼女たちの動機は 有名になりたい! なんてものではない。

舞台は戦時中。

働き口がないのである。

仕事がなければ ゴハンも食べられない。

切実な悩み。

とはいえ 時代は まだまだ保守的で 戦後になって見にスカートが流行ったときでさえ 世の人は目をむいたものだ。

それよりはるかに前のこと。
女性がヌードになるなんて・・・。

レビューガールズは 大変だったことだろう。

このレビューガールズの保護者的役割をするのが ボブ・ホスキンズ演じる ヴィヴィアン・ヴァン・ダム。

名前で いきなり ヘンダーソン夫人に

「あなた オランダ人?ユダヤ人でしょ?だから ショービズにいるのでしょ?」

とずけずけ聞かれて怒り出す。
この腕聞きながらも 父親的存在の ヴァン・ダムと  ヘンダーソン夫人と レビューガールズの関係は 家族のようなものだけれど ヘンダーソン夫人は この家族の輪に入りたくても入れない。

彼女なりに努力はするけれど 映画のあちこちに描かれる ヘンダーソン夫人の上流階級ぶりは 正直 率直 物を知らない いい意味で無知なヘンダーソン夫人を 他の人々から遠ざけてしまうのだ。
かわいそうに。

何せ この ヌードレビュー劇場を経営するきっかけになったのも 夫の死去により 有り余る時間とお金が手に入ったから。

貴族の奥様なんて お金持ちで 好きなこと出来て 羨ましい限り・・・と 思うが どうにも 退屈そうでもある。
何せ 未亡人友達がまず勧めるのは 

刺繍

年よりは家にじっとおとなしくしてろとでも言うんか!

とばかりのヘンダーソン夫人 悪気はないけど 口が悪く 上流階級といえばチャリティだ というわけで 参加した 貧困層のための学校設立の集いでも 暴言吐きまくりで やはり そこでも浮いてしまう。

ヘンダーソン夫人にとっては 多分 劇場は 最初は気晴らしだったのだろうけれど ヴィヴィアンとの協力関係がうまくいくにつれ 新しい家族になっていく。

劇場の世界は 華々しくきらびやかで 人々が大声で笑い喜び 上流社会しかしらない彼女にとっては 新鮮なものだったろう。
世界は こんなに生き生きとしている!と 初めてわかった場所ではなかっただろうか。

ある事件が元で ヘンダーソン夫人は 劇場に出入りすることを禁じられてしまうが とにかく彼女は手を尽くして 劇場に入り込もうとする。
それを面白がって 手伝うレビューガールたち。

こうしたレビューガールズたちは 狭苦しい階級社会で 

誰かの妻

でしかないことを 強要されてきた彼女にとって

自由の象徴

に写ったかもしれないし また 

若い頃の生き生きとした自分の姿

を 思い出させたかもしれない。

もしかしたら 一生持つことの出来なかった

自分の娘

の代わりだったかもしれない と 思ったり。

この映画には 戦争が ひそかに影を落としている。 

現在のヘンダーソン夫人が関わりあっている レビューや その観客だけではなく 彼女の過去にも 影響を及ぼし それが 彼女に劇場を買わせるきっかけになったことが 後ほどわかる。
考えてみれば 第一次世界大戦と 第二次世界大戦の間には わずか30年くらいしか 間隔が開いていない。
戦争の傷が癒える間もなく 再び戦争が始まるとは なんという不幸だろうか。

声高に 戦争がもたらす 無常を 訴えるのではなく そんな厳しい環境にあっても 人は誰かを思いやったり 誰かのためになりたいと願ったり たとえ間違いであっても 生きた証を欲しいと思ったり と する姿を 淡々と 大げさにではなく描いていき 戦争の最中にあっても 前向きに生きている人間というものを祝うかのように 最後には戦火さえも ロマンティックな色彩を帯びる。

いつもケンカばかりだった ヘンダーソン夫人と ヴィヴィアンが 初めてダンスをする そのシーンは ヘンダーソン夫人がようやっと しばらく失っていた家族というものを 再び手に入れたように 私の目には映りました。

このタイトル

ヘンダーソン夫人の贈り物

って いいタイトルなんですが 微妙に直訳してないところが上手。
しかも この映画が対象となる女性層に受けるタイプ。

オリジナルは 映画の中でも しょっちゅう出てきていた

Mrs. Henderson Presents

で 

「ヘンダーソン夫人がお送りする・・・」

という いわば テレビとかの頭で

「提供は XX製薬です」

なんかと一緒。

雰囲気的には 

これから何かが始まる・・・

という ワクワク感と 実際レビューとかで 最初に出てくる司会者が 紹介する 感覚が こめられています。
パーッと幕が開く感じとでも 言いましょうか。

それを象徴するかのような オープニングも 気が利いていました。

さて この映画 随分と前のものだったので 色々とボスターやDVDのパッケージが違うようです。

オーストラリアではこのポスターが使われていました。
ヘンダーソン夫人2

上のポスターでは ジュディ・デンチと ボブ・ホスキンズという 有名どころに焦点があたっていますが こちらでは 

セクシーなおねーさん

が 中心です。

ヘンダーソン夫人3

こちらの DVDなんて もう おねーさんしか いません!
幅広い客層を狙っているのか・・・。

ヘンダーソン夫人4

これまた 大御所二人ですが どちらかといえば コミカルさが強調されています。
どうやら イタリアン?
イタリア人は 楽しい映画が好きなようです。

そして 日本版ポスター。
ヘンダーソン夫人5

・・・う~ん イマイチ センスが悪くないですか???
色的にも ごちゃごちゃしすぎなような・・・。
これじゃ お客さん 入らなかったんじゃないかなぁ と 余計なお世話でした。

| エイガ | 18:30 | comments:10 | trackbacks:5 | TOP↑

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迷い猫の お値段

昨日のニュースでやってたのですが ブリスベンの東の郊外 カリンデールというところで 庭に捕りを仕掛けてた人が がかかったといって RSPCAに連れてきたそう。

RSPCAはの持ち主を確認するために 埋め込まれているマイクロチップを 検査したところ なんと このの出身地

アメリカ

だったとわかりました。

マイクロチップによれば このちゃんは フロリダ メリーランド サウス・キャロライナ州のどこかの出身らしいという。
だけど アメリカの獣医にあたっても 登録は発見できず。

しかもこの 調べたら 血統書つきの ベンガル という種類の猫で お値段は恐らく

3000ドル!

アメリカ出身 Born in the USA! というわけで RSPCAの人に ブルース となづけられた この猫ちゃんは こんな子。
ブルース

豹だかトラの血を引くとかで 性格は結構獰猛なため 性格矯正コースに通わせてはどうか という 意見さえ出てるとか

追伸:
この猫ちゃん 無事飼い主が見つかりました。
家から逃げたそうで 男性が飼い主でした。

で 本名は

トマホーク

だそうで その由来はやっぱり

性格がきついから

だから とか・・・。

とにかく 飼い主と再会できてよかったです

| ニュース | 17:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ナニー・マクフィーの魔法のステッキ

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ナニー・マクフィーの魔法のステッキ ナニー・マクフィーの魔法のステッキ
エマ・トンプソン (2006/09/21)
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
この商品の詳細を見る


いつも読ませていただいているメルマガで 大絶賛されていたので DVDにて鑑賞しました。

さて レンタルするとき 最近顔なじみになってるお姉さんが チラッとこちらを観てたのが 気になる・・・。
こないだ Ella Enchanted も そうだったけれど 子供向け!と 堂々と書いてあるものを借りているところからして この人は子供でもいるの?と 思っているんだろうか。

いや それよりも

「英語がよくわからないから 子供用の借りてるんじゃ?」

って思われているのでしょう。

だって 子供向けのほうが はっきり喋るし しかもこれ イギリス映画だから わかりやすいアクセントだし!

自分にいいわけしつつ 観てみたら。

確かに子供の教育にはよさそう。

乳母のマクフィーのしつけというのは 自主性を育てること。
子供が苦境に立っても 大人が代わりに解決策を出してやるのではなく 自分の頭で考えて 最善の方策を取る事を奨励するのが一番。

観ていて納得しました。

オーストラリアに来て最初に感じたことは 子供たちのしつけのなってなさ。
アメリカにずっと留学してた友達がいるので 靴のまんま椅子に上がったりするのは普通なんだろう というところは納得してたけど まさかそれ以上とは予想もしてませんでした。

日本でも一時期 地べたリアン という言葉が流行りましたが 常に実行しています。
カワイイ女子高生が 制服のスカートを拡げて

電車の床に

ぺターと座り込んでいる・・・!

それが 一人や二人ではなく しょっちゅう見かけるのです。

電車の中では大声で叫び 幼児ならともかく もう10代も後半の大人といっていい年齢の子達が 電車でバスで大暴れ。

公共交通機関の中で 平気でラジカセ鳴らしていたり それを注意しない大人にもビックリ。

映画館に行くときは ティーンがいないときを見計らいます。
そうしないと 映画の最中に騒ぎ立てたりすることもしばしば。

一度 オールナイト映画祭に行ったら 小学校5~6年生と思しき子供たちが 子供だけで来ている・・・。

子供は夜寝る時間でしょ!と ビックリして 一緒にいた友達に聞いたら

「映画館の中にずっといるから 安全だと思ってるんだよ」

とのこと。
でも 映画なんか観ないで ずっとウロウロしてるんですけど・・・。

お父さん お母さん!
この映画を観るのは子どもではなく あなたたちです!

もしかして 日本の子供たちも こんな風になってるのかな・・・。
やだな・・・。

さて この映画 子供たちがカワイイ (特に下の女の子 クリスティは めちゃくちゃカワイイ)のですが そのほかに あの! 

コリン・ファースが

オトコやもめ役で出てる・・・。
コリン


まったくもって 情けない限りの男を演じています。
仕事は死体処理
子供の躾はなってない
義理のお母さんに頭が上がらない

何故 ヒュー・グラントじゃないの?(情けないオトコというと カレを思い出す)

というくらいの 情けない役ですが 奥さんが亡くなった後経済的に苦労しているので 子供の心の中にまで 思いを馳せるゆとりがない様子を 嫌味なく共感できる演技で表現しています。

義理のお母さんは アンジェラ・ランズベリーで 懐かしや ミス・マープルですね。
↓変わってません・・・。
アンジェら


そして驚いたのが 心優しく 子供を可愛がり ご主人様を男性として慕っているものの 身分違いから自分の気持ちを言い出せずにいる エヴァンジェリン。
こっそり 階級問題なんかも取り入れてたりして。
とってもイギリス的です。

エヴァンジェリン という 名前も示唆的。

というのは 英語名でこれは 

「よい知らせ」

という意味。

つまり 一旦いなくなった彼女が戻ってくる ということは コリン・ファース一家によい知らせが来る ということを こっそり意味しているのでは?
かんぐりすぎかもしれないけれど。

で この女優さん どこかで見た!
エヴァン

でも 思い出せない・・・顔


調べてみると なんと トレイン・スポッティングの人!
トレスポ


もっとも シャロウ・グレイブの方が 好きだったけど。

懐かしいなぁ~ 

そして

あんな かっとび役してた人が こんな役をするようになったのね・・・

と しばし思いを馳せたひと時でした。
もう一回 トレイン・スポッティング 観ることにします。

| エイガ | 07:27 | comments:2 | trackbacks:2 | TOP↑

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主人公は僕だった(Stranger than fiction) - 自分の人生は自分で決めろ

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stranger than fiction


映画を観てこんなことを書くのはなんですが よく出来た物語を読んでいるような 気持ちにさせられました。
次にどうなるのか ページをめくらないではいられない。
サスペンス というのが 恐怖やホラーではなくて この人に次に何が起こるのか 早く知りたいという 興味をかきたてられる キャラクター造形。
最近 ネットや ゲームといった 娯楽に押されて 読書する人は減ってきたように感じます。
読み物ならば ネットで小説さえもダウンロードできるわけで 必要性がないといえばないのでしょうが それでも ページをめくる楽しみという 物語の力強さを 久々に感じました。

この ノンシャランとした 雰囲気 押し付けがましさのない さらっとした 作りは 最近の シリアスな映画続きの中 一服の清涼剤みたいでした。

評では この作品は エターナル・サンシャイン や トゥルーマン・ショウ の系列 としているものがあり なるほど と うなずかされます。
どちらも 無意識に受け止めていた 「自分」 というものを再発見していくというもの。

エターナル・サンシャインは よく考えると やっぱり忘れたくはない相手がいる という 恋愛のせつなさ 自分の感情を押し殺し 体面などに捕われ 自分の本当の気持ちを無視しがちな面に重心がありますが この映画

「自分がこの世界にいる意味」

を考察する いい機会を与えてくれました。

主人公を演じる ウィル・ファレルですが 実はあまり好きではない俳優さんです。
一番記憶に残っているのは ズーランダーのムトゥですが

こんな人↓(パラマウント映画社から転載)

mugatu


どうもいつでも オーバーアクト気味で 見ていてイライラすること多し。 

ですが 最近 タラデガ・ナイトで 見直し この映画では

ウィル・フェレルが 初めてシリアスな演技に挑戦し しかも成功した」

ということで 批評家たちが大絶賛していました。

ウィル・フェレルの他の 出演者も豪華。

ウィル演じる ハロルド・クリックを作中人物として書く 女性作家 ケイ・エッフェルに エマ・トンプソン
彼女の イギリス発音が 格調高く響くため ハロルドの言う

「自分のしていることを ナレーションしているんです・・・もっと いい言葉を使って」

というのが もっともに聞こえます。
エマって 美人じゃないけれど 上品かつ 神経質な様子 過剰な女性らしさが 少ないところが イギリス女流作家っぽくて 適役です。

ハロルドが 自分が頭がおかしくなっているのではないか と 疑うものの 税理所の精神科医が わかりきったことしか言わないのと それを正確に描写していく ナレーションが あまりにも文学的 ということで 紹介される ダスティン・ホフマン演じる 文学教授の 飄々たるたたずまいと 学者というものの 変わり者っぷりが とても楽しい。

ハロルドの生活を一変させる 一番のきっかけとなる パン屋(というか お菓子屋さん)のアナ・パスカルを 演じる マギー・ジレンホールは いつも 変わり者 ハズレ者の女の子を演じているけれど この作品でも 一風変わり者 だけど 心の中に正義感と 優しさを秘めた ステキな女性を演じている。

彼女のファッションがなかなかよい。
普段着だけど オシャレ。
ちょっと前に流行ったボーホーとかみたいだけれど 本物のヒッピー感漂う着こなしを見せてくれます。

さて 肝心の内容ですが、コメディ!と 宣伝されているので ウィルのいつもの 何も考えず ガハハと笑える映画を期待すると 肩透かしを食らいます。

だって この映画は 文学映画 なのですから。

それは 宣伝されている通り ある小説の主人公が自分であることを発見する 主人公
そして 彼が主人公である作品と 作者を 発見する手助けをする 文学者
そして ライターズブロックに悩む作家

と 主役が全員 文学に関連していることから 心して 観なくてはなりません。

突然起こった出来事に 戸惑うハロルドに 文学教授ヒルベールが 告げる

「それが 悲劇か 喜劇か 確かめてごらん」

というのが この映画の鍵。

悲劇は100%悲劇だったり 喜劇は100%喜劇だったりするのが 文学。
だけれど この映画の原題は

Stranger Than Fiction

そう 事実は小説より奇なり という ことわざです。

彼の人生は 作り物ではあるものの 映画の中では 現実という設定。
そして ハロルドの人生は 自分でノートにチェック印をつけているように 悲劇100% と 見えるけれど それを観ている観客の私たちは そこで ウククク・・と笑ってしまう。

悲劇は当事者には悲劇だけれど 観客にしたら 喜劇だったりするわけで その逆もまたあり。
現実というのは 見方によっては 悲劇が喜劇 喜劇が悲劇 だったりして 完璧にどちらか一方 ということは なかなかない。
そういう 悲喜劇を実験的にやってみたのが この映画。
個人的には 先日レビューした リトル・チルドレンっていうのも 悲喜劇なのかな?と 思っています。

前半の喜劇めいた作りから ハロルドが教授に見放され 

「自分の生きたいように 生きればいいんだよ!」

と 言われてしまう時点から 映画は意外な展開を見せていきます。

そして 全てに無関心だった ハロルドの人生は 変化していき 最後にハロルドが下す決断は 思いがけないもの。
だけど 今まで彼が送ってきた人生を考えたら その決断は 当然のものにも感じられます。

映画の出だし 画面には常にデジタルの数字が現れている。 
彼の生活を支配している デジタル時計であると 共に 謎のナレーションに支配され始めてから 徐々に 数字だけに支配され 人間同士の触れ合いがない 無味乾燥した生活を 送っていたハロルドの心象風景からは 数字が 少しずつ なくなっていく。

職場の友人といえるような 友人でさえ 必要最小限の会話。
職場でも 会計士という仕事上必要な会話しか存在しない。
だけど ある事情から 同居するようになり ハロルドはこの友人にも 子供の頃からの夢があることを発見する。

私たちの生活は 毎日が 型どおり 毎日決まったとおりで変化がない と 考えがち。
だけれど この文学の現実への侵入により ハロルドというつまらない人生を送っている と 考えられる男性は 実は文学に足るだけの人生を送っている。
今まで変わり映えしない人生を 変えていく。
初めて 自分で決断をし 自分で動き出す。
生かされているのではなく 自分で生きる決断をする。

つまらない人生 代わり映えしない毎日さえも 文学という芸術になり得るということ。
つまらない人生と思っていても 誰にでも夢はあり それを追求するのは 自分の意思次第 ということ。

それならば したいことをして 後悔しないようにしようよ と ひどくポジティブなメッセージが伝わって来ました。

そして エマ扮するケイの決断にも 人間としての優しさが伝わってきました。
芸術は大事だけれど それを受け止めてくれる観客があってこそ。
芸術のために と 犠牲にされるものも多いけれど 本当に価値があるのは 誰かが幸せに生きることで 芸術は人生を豊かにするためのもの。

アナも 本当はハーバード・ロースクールに通っていたのが 自分にできる方法で 世の中をよくしていこう と 考えるような 優しい心の持ち主で 登場人物誰もが エキセントリックなヒルベールも含め どこか優しく ユーモラス。

大きなブームは起こさないかもしれないけれど 観終わった後 心がほんわり暖かくなる 優しい作品でした。


 

| エイガ | 18:54 | comments:8 | trackbacks:1 | TOP↑

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日本文化洗礼の日 秋刀魚の味 鑑賞

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秋刀魚の味 秋刀魚の味
岩下志麻 (2005/08/27)
松竹
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さて 毎度毎度 日本文化を知りなさい という 無理矢理教養主義者のワタクシのために 観たくもない 日本映画を観させられる同居人です。

しかし 今回は アニメとかではなく またもや 名作。

そう あの 

小津安二郎監督


秋刀魚の味

です。

今回は 地元State Libraryで鑑賞してまいりました。

しかし 無料ということで 来ている観客の年齢層は実に高い。

平均 60歳

と 見ました。

そして 無料ということは まだまだ続くオーストラリアの暑気を逃れるために 色々な人が来るわけで カルチャーに関心のある人だけではなく ちょっと 怪しげな人も来ております。

そう 同居人の隣に座った人 ちょっと変わった人で まず 十分席があるのに いきなり

「ちょっと 席を一つ詰めて!」

と 命令。

そして 同居人がちょっと足を動かすと

「あんたの足が当たった」

と 騒ぎ立てる。

そして極め付けが ニオイ・・・顔


確かに髪を毎日洗わない女性が オーストラリアには多いですが この方は更にすごかったらしく

「あれは 暴力だ」

と 映画終了後 つぶやく同居人。

さて 映画の前に 図書館の担当者から映画について 説明がありましたが・・・。

彼の言っている 日本語の意味が 一つもわからない・・・
大体

オヅ

の発音からして ア と エ の 混ざったような発音だったので 最初何の話やらさっぱり。
その後も なんだか15分くらい 日本文化 お見合いだのについて 話しておりましたが あってるんだか あってないんだか ようわからない。

だって 途中に日本語を挟むので そこで

「んんん? 今の単語はナニ???」

と 立ち止まってしまうから。

というわけで どうせ 自分の知ってるようなことしか 話してないだろう という 勝手な判断により 聞くことを放棄。

後で聞けば 同居人は 何か彼が説明するたびに 

「今 奴が言ったことは 本当?」

と 質問しようかと 思ったそう。

「例えば 自分が日本に旅行して どこかでオーストラリア文化について 日本人から英語で説明受けるようなもんだよ」

だそうで まさしく おっしゃる通りでございます。

さて 映画は 小津映画に特有の 淡々としたペースで進むし 特に劇的なことも起こらないので 退屈しちゃうかなぁ~ と 思いながら 終了後 感想を聞くと

「いやぁ 面白かったねぇ~」

と 意外な返答。

というのも

「日本人って おとなしくて 節操のある人たち って 思ってたけど あんなに堂々と 性的な話するんだねぇ」

そして

「それに ずっと 飲み続け!ビックリだね」

との ご返答。

「いやー 当時のアメリカ映画なんかとは 違うね。当時のオーストラリアでは上映禁止だね」

というので なぜかと聞くと あんなにあからさまに セックスと 大酒飲むのは 公序良俗に反する ということだそう。

ほかに気になったことといえば 当時の環境。

日本家屋は きちんとしていて とても魅力的なのに その周りの環境が あまりに汚いのに驚愕。
戦争が 与えた影響 そして 人々の戦争に対する郷愁。
映画自体に 今見られるような マーケティング手段として 商品をさりげなく紹介するのではなく あくまでも 当時の風俗を伝えるための 商品の登場。

こんなことが 印象に残ったそう。

そして オーストラリアの観客に大うけだったのが 意外に気の強い日本女性の姿。

平気で物をいい 旦那さんに対して 不満を表明。
お財布の紐をがっちり握る姿に 場内から笑いが起こることがしばしばでした。

現在のような 海外マーケットを視野に入れた作品ではなくて 日本の観客のみを対象にした映画を もっと観たいなぁ 
というのが 日本をよく知らない観客が望むことなようでした。

個人的には 改めて 岩下志麻さんの 美しさに 仰天。
そして 岸田今日子さんの ファニーフェイスに 感動。
昔の女優さんって 今の 型にはまったような美しさではなく それぞれに 個性的な 美人だったんですね。

後 ごひいき アキ・カウリスマキ って 小津監督の影響大なんだな って わかりました。

| エイガ | 21:36 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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キング 罪の王 

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king

ガエル君の新作ということで DVDにて鑑賞。

父親に子供のときに捨てられたエルビス。 
海軍除隊後に 父に会いにテキサスへ。
だけど新しい生活を始めていた父は 現在ではキリスト教原理主義の牧師で 汚い過去の結果として 受け入れてもらえず エルビスは 代わりに腹違いの妹へと近づいていく。
その結果 父の新しい家庭は崩壊していき エルビスは 父が築いた王国に 新しい息子として受け入れられ 君臨する。

という理由で この映画のタイトルは The King なのだそうです。

でも このエルビス もう ものすごく アンチ・ヒーローって奴で そうまでするか・・・と 唖然とするくらいの 振る舞い。

自分の腹違いの妹とわかっていて 誘惑。
自分の腹違いの弟なのに 殺害。
一応 激情による殺害 ということになっていたけど あれは どう観ても 冷酷に計算していたように 見えました。

しかし この映画の背景を考えると この役は ああでなくてはならない。

アメリカというのは 今まで 

「自由の国 人々が平和に共存できる国」

というように 外からは受け止められていたように感じます。
少なくとも 日本では そう。

だけど 起こってきたことを 見ると 平和維持を謳った他国侵攻だったり 国内の人権弾圧 暗殺などなど。
自由かもしれないけれど 誰にとっての自由?という ギモンが頭に浮かんだりします。

そして 自由そのものが どうにも最近 行き詰っているみたい。
宗教的保守化勢力が大きくなり 

キリスト教的価値観」

が 

「民主主義」

の代表であるかのようにすりかえが行われ 元々あった 

「全ての人々に寛容な社会」 

という理想は忘れられているように 感じます。

その 最近のアメリカ というものに

「色々理想的なこと言うけど あんたたちが 置き忘れてきたものが ここにある」

と つきつけるための道具として この映画のエルビスは 存在しています。

アメリカという王国に いかにして そこから否定された人々が 入り込んでいくか を描くための道具なのです。

まず アメリカというものの特性として 考えられるのは 強力な宗教性。
元々が 「神が選んだ土地 神に選ばれし人々」 という 強力な選民意識が 建国の背景になっています。
その教義では

「神の前では 誰もが平等」

と謳われていますが 実際問題として エルビスの母とエルビスは ラテンアメリカ人。
そして 今では 全ての人が平等 と 信じているはずの 牧師である 父からは無視されている。
ここに 今ラテンアメリカ移民が置かれている立場を見るのは 容易です。
主流派である プロテスタント系キリスト教白色人種から 無視される カソリック系キリスト系ラテンアメリカン。

映画 バベルでも出てきていましたが ラテンアメリカ諸国 特に隣国メキシコからは 多くの不法移民が国境を越えて アメリカへ移住しています。 
安価な労働力として利用され 問題が起これば本国へ不法移民として送還される。
アメリカという 信仰心の篤い国により 搾取される人々 いないものとして 扱われている ということが 暗に示唆されているように思います。

妹と関係を持つなんて と 驚きますが 父に 子供として否定されたのですから 彼は 彼女の兄では理論上ないわけです。

そして ここで この映画に 神話的見方を取り込むと エルビスを 失った王国へ帰ろうとする 王子とみなすことができます。

父の王国へと入り込み 自分を否定する王から その王国を受け継ぐためには お姫様と結婚するのが一番 適切な方法です。
そして 姫との間に世継ぎの子供を作ることで 自分は王国を受け継ぐことが出来なくても 自分の子供が代わりに 父の王国の結果的な継承者となってくれる 正当な権利を受け継ぐのです。

それは いずれにしても 彼の中に流れる血が 王国に流れるということ。

そして 弟殺しですが これは 製作者たちが認めている通り 聖書にある カインとアベルが元になっており 父の愛情を一身に受けるため 弟を殺す姿が描かれます。
これは エデンの東でも テーマになっていたように どうやら アメリカという国にとって 魅力的な素材のようです。

姫と結婚しても 直系の息子がいる限り 自分が王になることは叶わない。
しかも この弟 布教のためのロックバンドで 演奏していたり 創造理論を学校で広めていたり 父の似姿 理想とする息子。
まさしく 父の王国に君臨するための 障害物。
エルビスが 弟を殺めるのも 王国継承者としての立場を確固にする という彼の目的を考えると 仕方のないことです。

エルビスは見事に 継承者を失った王国へと入り込み 父王から 正式な継承者として 承認を受けます。
そして 一人で戴冠式を行うエルビス。
だけれど 彼のかぶる冠は ファストフードのパッケージからできたもの。
ファストフードこそ アメリカ的なものの代表であり 彼は アメリカという王国を総べる王位を受け継ぐ立場になった と 考えていいのでしょう。

そして 父の教えるキリスト教原理主義とは 現代のアメリカを広く覆うキリスト教の一派。
この宗派は 実際は 家族の絆を大事にし 倫理を尊ぶ アフリカ系、ラテン系にも 強くアピールするものがあることから 広く受け入れられることになったのですが 聖書で起こったことはすべからく実際に起こったことである というのが 彼らの根本的教え。

そう考えると 聖書で教えられる カインとアベルの話が 実際に起こるということは 彼らの信仰心の元になる考え方からすると 避けがたいこと。

だからこそ 最後のエルビスの言葉は 彼が 父の信じる信仰の一環になったことを示唆すると同時に 製作者たちの

「この男は あなたたちの 信じていることを 体現しているのだ」

という アメリカに広まる 保守的な宗教的風潮の基本を支える教義への 挑戦のように私には見えました。

ポスターですが どうやら 世界各地で微妙に違うよう。
オーストラリアでは 一番最初のポスターが DVDの表紙になってましたが

キングNL

どうやら ヨーロッパのドコゾの国では まんま映画の中のスチールを使っているようです。
ちょっと手抜きなのか それとも 独創的にやってみたのか 微妙にわかりません。

かと思えば
キングイタリー

・・・なんか スリラー映画みたいなのは イタリア版。
ちょっと マシニストの ポスターを思い出させます。
キングUK

最後のは イギリス版のDVDパッケージなのですが 安っぽいアクションものみたい・・・。

| エイガ | 20:48 | comments:0 | trackbacks:3 | TOP↑

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日本っていいな

ちょっと ホームシック気味だったので ブログ更新おさぼりしていました。

というのも 用事があって外出したのですが 思ったより早く終わったので 久々にお買い物でもしよう♪と 街中を歩いたところ。

何でもサイズが大きい・・・。

わかってはいたけれど 気晴らしに何か欲しいなぁ というときに 気軽に買えないというのは 結構悲しいものです。
靴なんかもいいのがあるな と 思っても どれもこれも24センチ以上。
自分のサイズがあるのは 子供向けのみ。

大人なんだから でっかいお花がついた サンダルはいりません・・・。

というわけで デパートには色んなものがある日本がついつい 恋しくなった次第です。

これから インド料理を食べに行って

「あー 日本なら こんな気軽に インドカレーは食べられないよなぁ」

と 自分を慰めに行ってきます。


 

| 異文化体験 | 09:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ワイルドホッグス - オヤジだって夢見たい

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Wild hogs poster


頑張るオッサン4人組のロードムービーです。

悪い意味でも いい意味でも







以上!

って 終わってしまってもいいくらい顔文字2


しかし この映画くらい 批評家と観客の評価が分かれてるのも ないですね。
二つ星!というのを見て 見るのやめようかな・・・と 思ったのですが しかし 見たい人がいたのと ウィリアム・H.メイシー 出てるし という それだけの理由で 劇場へ足を運びました。

しかし 映画館は混んでいましたよ。
やっぱり 皆さん こういう軽い映画の方がいいですよね~。

さて 内容といえば 家庭に 仕事に 人生に 問題を抱えた オヤジ4人組。
昔から Wild Hogsと名乗って 週末の午前中に バイカー気取りでシンシナティの街中を ハーレイ乗り回すのだけが人生のヨロコビ という体たらく。
そこで 一番切羽つまってる トラボルタに勧められるまま カリフォルニアまで ツーリングに出かけることになりますが その道中には当然色々起こります。

最初は 若い女の子に声かけられて 鼻の下を伸ばしたり ハイウェイパトロールのヘンな警官につけまわされたり と 小出しですが 途中 バイカーの溜まり場で デル・フエゴ兄弟という 本物バイカーに出会い バイカーの聖地とも言える バーでいざこざを起こしてから 話はきな臭い方へと動いていきます。

ま よくある話です。
昨日の 『ラブソングができるまで』 に 引き続き そういう映画ばかりですが ラブソングができるまで には 人生訓があったのですが こちらには そんなのナシ。

とにかく おっさんがバイクでだらだら走るのを見るのと 山のようなジョークを聞きまくり 笑うのがメイン。

ジョークは 大体 肉体系の笑いか セックス そして ホモ嫌い の どれか。
でも アメリカのおっさんたちの傾向を知る という点では いい教科書かもしれません。

バイク好き。
妻の尻にしかれてること多し。
オタクは彼女ができないまま 年をとる傾向アリ。
カリフォルニアは夢の場所。
ホモはやっぱりいや。
テレビゲームは結構皆やってる。
などなど。

こう見ると アメリカのおっさんも 日本のおっさんと あんまり変わりなし。

50歳過ぎたおっさんだって 夢を見たいんです。
それくらい おっさんたちは 生活に疲れているんです。
結婚してても 問題あり。
妻とのいざこざ 子供とのコミュニケーション不足。
お父さん 一所懸命働いても 働かなくても 家庭に居場所なし。 
しかも 年を取ったら 体だっていたわらなくてはならないし そしたら 男らしく 肉だの ベーコンだの 食べられない!

男の沽券はどこ行った!

と もがく中年男性たちですが バイクに乗って旅しているうちに 男の沽券を取り戻す

などということは あり得ず あいかわらず おっさんたちは だらしないです。
でも なぜか 憎めない。

4人組の中でも いい役回りが お気に入り ウィリアム・H・メイシーでした。

コンピュータープログラマー



オタク。

わかりやすすぎ!

相変わらず ダメ男役が はまりすぎに はまっています。

地図もない 携帯電話も使わない 自由な旅に出る ということで 刺青を入れた!と 自慢げに見せると これがまた
メイシー2

・・・アップルだったりして・・・顔

そんでもって 立ち寄った先の田舎町で 恋に落ちて ダンスまでしてくれたり
メイシー3

チェックのシャツが オタク感満載です!
上までボタン留めてるし。

彼女のために 立ち上がるも 
メイシー1

こんなことになっちゃうし。

いいとこなし でも なんか許せてしまう。
よく見たら ヘルメットだって なんだか 旧式と来てる。

トラボルタも結構お得な役どころ。
口から先に生まれたような 調子のいい奴を演じているけれど ある問題を起こし だけど 友達の誰にも言えないで 悶々としてるところ。
ものすご~~~~~~く演技過剰。
それが またおかしい。

他のお二人はまあ・・・ファミリー仕様 と 言ったところで ティム・アレンと マーティン・ローレンスは ゲイジョークはありません。
その分 体張ったりしています。

さて お笑い4人組も含めた 豪華なキャストも この映画のポイント。

メイシーの 思い人となる マギーには マリサ・トメイ。
マリサ

ちょっと年はとってしまったけど まだまだキュート。

そして ワイルド・ホッグスの 敵役となる デル・フエゴ一味のボス ジャックには レイ・リオッタ。

青い目が きれいで 結構ハンサムなのですが 強面役が多し。
リオッタ2

刺青も アップルなんかではありません!
リオッタ


とても フィールド・オブ・ドリームスの この人と同一人物とは思えない・・・。
ドリームス

ケビン・コスナーも若いけど。

そして 特別ゲストに テネイシャスDの カイルさんを迎えております。
彼の歌 ゾクゾクしちゃいます!
・・・色んな意味で。

その他 ここには 書けませんが 最後に 驚くべき人物が出てきて 全てをまとめます。
最近 この方 よく出てるけど なんかあるんだろうか・・・。

そして エンド・クレジットで流れる テレビ番組も 実際にアメリカの人気番組だそうで 本当にアメリカ観客の好みに合わせた映画でした。
・・・もっとも おかげさまで よくわからない笑いが多すぎたケド。

では 最後に ワイルド・ホッグスの 晴れ姿を。
一連

ちなみに この ホッグスっていうのは ハーレイの愛称だそうです。

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| エイガ | 18:38 | comments:6 | trackbacks:2 | TOP↑

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ラブソングができるまで(原題:Music and Lyrics) -大人の女性のアイドル ヒューグラントの 新作

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ミュージック1


この映画はいわゆる ロマンチックコメディという奴で 男性は恐らくわざわざ観に行くことはないでしょう。
いわば ホリディと同じタイプでしょうか。
それだけに 観客は最後に ヒュー・グラント演じるアレックスと ドリュー・バリモア演じるソフィーが どうケンカ別れし どう仲直りするのか それが 関心事となっております。

どこの評を見ても

「つまんない!」
「いつもの ヒューの映画!」

と 酷評されておりますが ヒュー・グラントのファンの女性なんてものは この映画中の80’s 一発屋バンド Popのファンと変わらず 彼が何してようと構わないんです。
話の内容が予想がつこうがどうでもいいんです。
大好きなヒューが ちょっとひねた 王子様を やってくれてれば それでいいんです。

そこんとこ わかってないよなぁ~ と 思って 筆者の名前を見ると やっぱり男性ばかりw

大体男性でノッティングヒルの恋人が好きとか ブリジットジョーンズの日記が好き なんて 人はいませんものね。

しかし これでも一応 オンナの端くれなので 観るんですよ こういうの。
当然 ヒュー目当てで。

しかし もう一つ目当てがあって それは 映画中で観られるPop!の プロモビデオ。

これがまあ なんと 80年代のプロモビデオの感覚そのものなことか。
スパンダーバレエとか思い出しちゃいました。
男性陣もさることながら ビデオ中に出てくる女性陣がまた イタいくらいに 80年代


しかも このビデオ内の若いヒューを ヒュー自身が演じているというから 驚きです。

このビデオ 最初と最後に流れるので 一本で二度お得 です。

そして いい男鑑賞映画として この映画を評価するのですが それは ヒュー以外にも キャンベル・スコットが出演していることが 大きい。
最近 あんまりスクリーンで観ていないな・・・と 思っていたので 嬉しいところ。
調べたら90年代の頭に 

「これから伸びる俳優」

に挙げられていたのに そのまま成長せず 現在に至る。
何が悪かったのかはわかりませんが あまり素人受けしないハンサムぶりが よくなかったのかしら?
でも 年をとってますますステキになっています。

役柄は ソフィーが過去に関係のあった 高名な作家という知的な役柄で 知的な風貌にそぐわぬ ゲス野郎ぶりが ステキですw

とまあ ステキな二人だけではなく 他の脇役の方々である アレックスのマネージャー役 この人 どこかで見たなぁって思ってたら レイモンドのお兄さんでした。
話し方に特徴あるけど 誠実なマネージャー役を好演。
そして ソフィーのお姉さん。
この人がまたおかしい。

いるよね~こういう人!って思っちゃいました。
若い頃に大ファンだったバンドが今でも大好き。
ディナーショー?
と 聞いて大興奮してる様子を見て 

「こういう人 知り合いにいた!」

と うなずいてしまいました。
いわゆる 追っかけが多いのがこの年齢層。
いつまでも 娘時代の夢を忘れないでいたいんですよね・・・。
当時大好きだったバンドの追っかけをすることで 自分が若かったときに戻ったような気になれるのでしょう。

観ているこちらは 外国にもディナーショーめいたものがあるのか と またまたビックリ。
考えてみたら ラスベガスなんかでよくやってるけど この映画中でアレックスがやってるような ドサ周りなんかあるんですね。
知らなかった・・・。

そこに来たファンの女性のお供の男性たちのうんざりした顔もまたおかしい。
そりゃ 面白くないでしょう 彼女や奥さんが 他の男 しかも バカバカしい 80年代のポップバンドの 生き残りにキャーキャー騒いでいるんだから。
しかしありそうです こういうのって。

あ 書き忘れていたけど ドリューも 作家志望だった 才能ある女の子(って31歳の設定だけど)だけど ちょっと 変わり者 っていうのを 上手に演じていました。

パターンのギャグっていうか そういうのがあって ドリューは最初の登場シーンで ピアノの上に 勝手に自分の荷物を置くんだけど ピアノが命!のアレックスは それを必ずよける・・・というの。
軽そうに見えるアレックスだけど 音楽が本当に好きだということも 伝わってきました。
こういう細かいところ 結構こだわってるのかな?と。

映画中で対比されている 80年代音楽と 現代のエロ満載の音楽っていうのも 音楽業界として 興味深い。
このコーラって子 どう見ても 15歳くらいにしか見えないんですが ステージ衣装は殆ど丸裸。
子供に見せたくない!と 思う ソフィーのお姉さんの気持ち よくわかります。
出しすぎだよな~ と 思ってしまうし あまりにも セックスを思わせるような仕草が多くて イマドキの子供って 刺激が多い環境に生きているのねー と ちょっと 可哀想にも思う。

それに比べて 80年代のビデオ。
恋愛は 肉体の接触はキス程度で 後は失恋して 胸が張り裂けそう~とか 病院入っちゃったり かわいらしいもんです。

コーラの告白によると
 
「彼氏と別れた精神的打撃は相当なものでした・・・。私たちがつきあったのは・・・2ヶ月でした」

短か!

と恋愛がお手軽になってしまった現代を憂えるよう。
でも きっと 80年代だって 確かビデオが あまりにセクシー過ぎる!とか 問題になってたような気もするので 時代ってそうやって どんどん過激になっていくのかしら と ちょっと思ってしまいました。
過激になってなって 行くとこまで行ったら 後はどうなるんでしょうね?

と ちょっと 心配してみたりして。

とりあえず 私のような ヒュー・グラントファンが

「皺伸びてるよ~ ゴムの威力ってすごいな~」

と 昔からの歴史を楽しみながら観るには ぴったりだと思います。
とりあえず 映画のテーマとしては 何かあっても 終わり!と 投げてしまわずに 人生にはやり直しできるポイントが必ずあるんだから・・・ということで 最近いいことなしの ワタシとその連れは とても 慰められたのでした。

また、彼氏や旦那様を引きずっていっても 男性も結構楽しめるシーンが多かったので 怒られはしないでしょう。
後ろに座ってた 唯一の男性オージーは 結構大声で笑いまくっていましたし。
そして 何より 80年代に青春を送った方には 懐かしモード フル回転になりますので これまた 楽しめること請け合いです。

・・・しかし 邦題。
そりゃ そうだけど なんだか すごく安っぽくなってしまいました。
原題の意味は 楽曲と言うのは 音楽と詞からできているけど 音楽は相手を知るより以前に惹かれるようなもので 詞は相手をよく知るようなもの という例えなんですが。
それが 作曲家と作詞家に かけられているのですけれども 日本語にはなりにくいから 仕方ないですよね。

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| エイガ | 20:58 | comments:14 | trackbacks:4 | TOP↑

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ステラ・マッカートニーが 安値で買える

今朝テレビを見ていると 廉価販売店のターゲットの前に 長蛇の列。

実は今朝から ターゲットで 有名デザイナー ステラ・マッカートニーのお洋服が買える!ということが 話題になっており ファッションに熱心な女性が9時の開店を待っているのでした。

土曜くらいから話題になっておりましたが さすが ファッションに熱心 かつ お金を惜しまない オージー女性(センスはさておき) 日本女性と同様に ブランドのためなら 並んじゃうんですね。

買えるのは $29.95のスカーフから $199.95のカシミアコートまで。
ジーンズなんかも $120くらいで買えるので お得といえばお得です。

こんな感じのお洋服です。↓
ステラ1

ステラ2

ステラ3

ステラ4

ステラ5

ステラ6

ステラ7


興味のある方は こちらのサイトにて 商品を確認してください。
http://www.designersfortarget.com.au/menu.htm
でも 今頃には売り切れてるかもなぁ。

| ニュース | 07:37 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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映画にみるマーケティング手法の違い in 日本&オーストラリア

自分のブログにカウンターをつけたのは 一体どれくらいの人が訪問してくれんだろう? という 単純な好奇心だったのだけれど 最近 映画ばかり書いているので それが映画自体とどのように反応しているかに ある日気づいた。

で それは 映画の内容や 出演者というよりは どちらかというと 

「どの映画日本では評判になっているか」

のバロメーターになっているのが わかって ひどく面白かった。

こちらで映画を観るとき 参考にするのは 日本と同じく3つのメディア。

印刷媒体
放送媒体
そして
一番強力かつ影響が深い 口コミ

しかし この印刷媒体 放送媒体の映画の扱い方が 違う。

印刷媒体といえば 雑誌と 新聞と 考えていいけれど 雑誌には 映画コラムはあるものの 特集とかはそれほどない。
あるけれども それは 映画公開に先駆けたインタビューだけど その中で必ず映画のことを話しているとは限らない。

映画コラムも日本のものほど 真剣に書かれていることは少ないようだ。
日本のように映画専門ライターという職業は この人口では無理だろう。
勿論 映画雑誌は存在しているが それも アメリカ資本で オーストラリア資本のものはない。
雑誌も 市販のものよりは 若者向けのフリーペーパーの方が詳細な情報が載っていたりする。

つまり アメリカもそうだけれど 映画をみるメインターゲットは 10代後半から20代前半の若者 ということ。

でも 日本だと どちらかというと 20代から30代のOLさんなど 女性層が映画をよく見る傾向が強く そのため 映画の宣伝も女性向けに 加工されているように感じる。
テレビの女性向け番組だけではなく 雑誌にも ハリウッド女優などが しょっちゅう出ており 映画の話もよく取り上げられる。
映画から ファッションを学ぼう!などという 特集もあったりするくらい 映画は 単なる娯楽というより ある意味教養だったり ライフスタイルだったりする。

また 放送媒体でも オーストラリアには一応 映画レビュー番組は存在しているが どちらかといえば 朝のお茶の間番組で 10分ほど 今週公開映画についてご紹介する といった感じ。
コマーシャルで流れるものも 日本のように

「全米ナンバーワン!」

とか言っていても それほど 強力にプッシュしているようでもない。
どちらかといえば 口コミに頼っている面が多いように見受けられる。

というのも 最近観ようかな と 思っていた映画が二本ほど 立て続けに一週間で上映打ち切り となってしまったから。
大手の映画館ではなく 独立の安い映画館に通っているので 利益には厳しいようで その代わり 口コミで人気のある映画は 一日の上映回数は少なくとも 長期に渡って上映されている。

どちらの方法がよいかはわからないけれど それにはやはり 市場のサイズというものが 一番関係しているのだろう。

日本は なんだかんだ いいつつ 大きなマーケットである。毎週上映される映画の本数も比べ物にならない。
その中で 高い上映料金を支払ってまで観てくれるお客様を獲得するには 相当の工夫と話題作りが大事である。
というわけで かなりのあおり文句 話題作り 俳優の招聘 大々的な試写会 などが行われる。

映画会社の人って 仕事のやりがいはあるけど 相当大変だろうな・・・と 頭が下がる。

頑張ってこれからもいい映画をたくさん輸入してくださいね!と 応援してみたり。

| 異文化体験 | 23:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ラスト・キング・オブ・スコットランド

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多少ネタバレあり!ご注意!
sukotland


最近映画界では アフリカが人気らしい。

先日観たBlood Diamondもそうだったし アカデミー賞を昨年受賞したツォツィもそうだった。
バベルもエジプトが舞台の一部だったし 約束の旅路もそう。

何故だろう。
やはり 色々と紛争が絶えないということで ネタが転がっている というのが 真相でしょうか。

で この ラスト・キング・オブ・スコットランド というのは アミン大統領が スコットランドに親近感を抱いていたということで 自分のことを 「スコットランドの最後の王」と呼んでいた ということに基づいています。
アミンは 実権を握ってから 自分のことをさまざまな名前で呼んだそう (この世の全ての生き物 海の全ての魚の王だの イギリス追討者だの)で 自分でイギリスの勲章を自分自身に授与したりもしたとか。

このスコットランドびいきというのは 映画の中でも触れられているように 元々ウガンダというのは アフリカの他諸国と同様に イギリスの植民地となり パキスタンなどから労働者としてアジア人を連れてきたという 過去があるため イギリスに統合されながらも その誇りを失わない という 意味合いから スコットランドに強い親近感と 自分たちはイギリスにいったん統合されたけれども その精神は失っていない というのと スコットランド人はハイランダーと呼ばれ その勇敢さ 戦士としての能力も 名高く 元々軍人上がりのアミンには 強く感じるところがあったのだろう。
実際 映画の最後には 本物のアミンが スコットランドの伝統的衣装である キルトを着て 同様にキルトを着た ウガンダ人たちと パレードか何かに参加している写真が映し出されていた。

アミンという人は その変わった言動で ウガンダ支配後は 海外メディアには単に面白い人 変わった人物 今で言う カリフォルニア知事になった シュワルツネッガー みたいな 扱いを受けていたそう。
もっともシュワルツネッガーは誰も殺したりはしていませんが・・・。
イギリスの風刺雑誌 パンチに アミンが毎週執筆してるという触れ込みのコラムまであったりしたとか。
その様子は 映画の中でも 出ていて アミンが見事に 海外メディアに囲まれ記者会見となり 危機一髪という状況の中で その才知で乗り切っていく様子が 描かれていた。

ある意味アイドル的状態にあったわけで なんというか ペットみたいだった様子を フォレスト・ウィテカーが見事に演じている。
彼は元々愛嬌のある顔立ちで 感じのいい役者さんであり 彼がスコットランド人のニコラスを含め 周囲の人々を魅了して行くのを 当然と思わせるだけの 演技力だった。
実際上手だな とは 思ったけれど 正直 きのう 同じくアカデミー賞候補となった Venusをみてしまい その内容の深さと テーマに対する共感 そして ピーター・オトゥールの 老いることへの悲しみと 人間としての希望 尊厳 生きるということに対する思いを伝える演技をみてからは やはり アカデミー賞と言うのは 実際の人物を 見事に演じることに 賞賛を与える傾向が強いな と 感じざるを得なかった。
日本公開はいつだかわからないけれど お気に入りの作家かつ映画監督でもある ハニフ・クレイシの 人間観察の目の鋭さに比べると やはり この作品は テーマが壮大なこと そして アミン大統領という人物が既に獲得しているイメージのせいだろうか やはり 彼という人物に対する掘り下げが 多少浅かったように感じる。

この映画 

「アミンは 恐ろしい大統領であり 大虐殺をした」

ということが メインに その一方で アミンが抱いていた 不安感 独裁者の孤独 自分を無条件に尊敬し 近しくしてくれる存在を 欲しがっていたこと ニコラスに 息子のような気持ちを抱いていたこと (少なくともそう匂わせる発言をしているが それも 彼の人心コントロールの上手さを描くためかもしれないが) など アミン大統領の人間性を表出することには 成功していたが その一方で 最初 アミンがニコラスに出会ったときに見せる いつ怒りが噴出するかわからぬ 危険さ(このシーンの フォレスト・ウィテカーの演技はものすごく 真に迫っていて怖かった)が 映画の途中であやふやになっていくのが残念だった。

だけれど 歴史的に アフリカというのは何かにつけ 無視されがちな場所であり 差別の対象となりがちな場所でもある。
最後に アミンに彼が多くの殺人に責任があること そして 大事な腹心を殺めたことを言い募るニコラスに アミンが言う

「そうなるって わかってたんだろう?」

には 西洋社会の責任感が見て取れる。
アフリカを植民地化することで 部族抗争が絶えない社会に更なる不安定さを持ち込んだ 西洋社会なのに 問題が起こっても自分たちの責任を感じることなく 単に無視している現代の先進諸国。
何が起こるか予想できていても そんなことはないかのように 振る舞い 結末に責任を取ることなく アフリカを未開の地とでもいうように この世界に存在しないかのように 扱う現代社会を 非難するのも この映画の目的の一つだったのだろう。

実際 今住んでいる郊外には 多くのスーダン難民が住んでいる。
近所には そうした人々がいるのが気に入らない人もいるだろう。
だけれど 実際に彼らがどんな生活をアフリカで送り どんな目に逢ってきたかを知れば 彼らだって安全な国で 命の心配をせずに 幸せに暮らす権利がある と 思わないではいられない。
そうしたことを知ろうとするには 自分の意思も大事だけれど こうして 映画などでマスコミに取り上げられ 興味を持つことも 最初の一歩としては 重要だろう。
この映画では アミンは歴史どおり 最初は ウガンダ国民に暖かく迎えられる。
白人に牛耳られていた国を 元通り アフリカ人の手に戻す という 約束は 抑圧されていた人々にとっては 福音のようなものだったろう。
こうした 人々の心理や 歴史に対する関心を 人々の間に湧かせるという点では この映画は 観ておいて損はない。
観終わった後で きっと 多くの人々が どうして アミンはあんなに残虐だったのだろう どうして そんな人を大統領に選んだのだろうと フシギに感じ インターネットや他の手段で 調べることだろう。
かく言う私もその一人だったけれど。
そして これが アフリカ諸国の大統領には よく見られる特性で そこには アフリカという部族社会 そして イスラム教という 首長が絶対である宗教が 根底にあることも 感じ取れる。
そして 白人を主役にすることで 白人に対するアフリカ人側からの苛立ちと 多くがアフリカ人の中では 白色人種は少数派になるということ それが ある国を支配している という不自然さを指摘しているだけでも この映画は価値があった。

歴史教科書が教えてくれない 違った側面を知るのに 絶好の素材で こうした映画がたくさん作られることで 無視されがちな アフリカ問題に 少しでも日の目が当たればいいと思う。

さて 映画の内容について ネタバレしつつ 言いたいことを続きにて 書いています。
ネタバレしても 平気 もう 観てしまった方 こんなに残虐な映画なら観たくない!という方で ご興味が
ある方はどうぞ 続きをお読みください。

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| エイガ | 23:38 | comments:3 | trackbacks:9 | TOP↑

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ファンクションなるものに出かける

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昨晩 いきなり 同居人から申し渡されました。

「今晩は ファンクションがあるから」

・・・・はあ。

機能 と 訳してはいけません。
正式なお食事会 ということで

「それに キミも行くんだ」

キミも行くんだっていうことは ゴハンつきですか?

「勿論!」

ひゃっほう。

「飲み物もついてるよ」

ん~それはあんまり魅力的ではないわ(⇐飲めないので・・・)。

とかいいつつ 何着て行けばいいんでしょうか。

「あー カジュアルでいいよ スマートカジュアル っていうの?」

ふ~ん。

というわけで とりあえず 持ってる中から 麻のシャツと 高級オーストラリアブランドのスカート しかし 未着用にてチャリティショップにて 貧乏学生だった 私に購入されたものをセレクト。
ちなみに 元値は348ドル。
気分としては 3万4800円。
しかし 現実には 12ドル・・・。

絶対 洋服とか興味のない おっさんが 

「ん! 未着用ね! じゃ ちょい高めで12ドル!」

って 値札書いたに相違ない。

それなりのバッグと靴で 出かけた先は・・・。

コンラッドトレジャリー。

そりゃ なんじゃ?と 思われる方が殆どでしょうが (かくいう私もその一人) 一応高級ホテル。
一部屋が600ドルする!っていうから 驚き。
それだけあったら バリとか タイとか 行って おいしいもの食べて マッサージしてもらって 小物買って・・・とか 夢が膨らみますが まあ 大きな会社の宴会 ということで。

さて 会場傍へ行くと いきなり 聞きなれた声が。

おお Dame Edna?

って 誰?と 言うことで 下記にてご紹介。
エドナ

オーストラリアの有名なコメディアンが 女装しています。
Dameってことで 貴族さんなのですが 話してるネタは なかなかに 過激。

ま 偽物だったんですけどね。

その後 この方は オースティンパワーズに扮して 会場中を練り歩いていました。

さて 宴会だけあって ものすごい勢いで皆さん飲んでいるよう。
立食なのですが 食べ物が出てこない・・・。
やはり オージーの宴会は 

ビール 

ワイン 

などが メインなようです。

・・・下戸には辛い国です。

しかし 肝心の同居人の知り合いが見つからない。
他の知り合いがいる 同居人はいいものの 知り合いが殆どいない 私には 結構つまらないので 周りの人を観ていました。

結果。

女性は結構ドレスアップしてるのに 男性は割とカジュアル。

オージーって ネクタイしてる人少ないし 若い人の中には Tシャツの人までいましたね。

しかし 食べ物がなくて おなかがすいた私と 友達に会いたい同居人は 友達を捜しに 上階のホテルまで進出。

泊まってるお部屋まで行ったら まあ 豪華。
ちょっとした おうちみたいな 広さで これなら $600も当然だよな~。

そして バスローブには

「バスローブの所有権は お客様がお泊りの間だけです。もし こちらのバスローブをご所望でしたら フロントにて販売いたしております」

という 注意書きがつけられており どこでもやっぱりバスローブ 持ってく人多いんだな・・・と 実感。

さて お友達ですが 宴会には来たものの 人ごみがキライ。
そして 彼女もお酒が飲めない。
そして Supernaturalがみたかった・・・。

というわけで 宴会はさぼっていたので 三人で近所までゴハン食べに行きました。

「ボクは韓国料理がいいんだけど キミ 日本人で韓国キライだから 韓国料理いやなんだよね~」

と イジワルを言われる私。

韓国料理が嫌いなんじゃなく 行った後 全身臭くなるからいやなんだよ!

しかし それは信じてもらえない。

「またまた~ 隠さなくてもいいんだよ!」

と 二人が言うので そんなに言うなら 韓国料理屋をお二人に体験していただき どれだけ 服が臭くなるか 確認してもらおう!というわけで 

「和食がいいなあ~」

という同居人を無理矢理 韓国料理屋へ。
それに 和食って言っても カレーにとんかつじゃなぁ・・・。普通に ちょっとこじゃれたお店で食べる 和食っぽいものは 人気ないので 味わえません。
それが 外国ってもんなんでしょうが ちょっと寂しいです。

さて お友達は シドニーから来ていたのですが 

韓国料理って 一回だけ 食べたことある」

というわけで

「選んでくれる?」

と お任せ状態。

というわけで 同居人が 石焼ビビンバを 選択。
自分は 鶏肉炒めを注文。

出てきたのは 日本の照り焼き風味のたれがからめてあり キャベツとニンジンといためてあるもの。

お友達は ビビンバを前に どうしたらいいのか 困っており

「これ このまま 食べるの?」

と 質問したので 混ぜ混ぜしてあげました。

「こうやって 押し付けておこげを作るのよ~ おこげがおいしいんだから」

と 教えてあげると こわごわ口に運び 

「ちょっと 辛めだけど なかなか おいしいね」

と あまりおなかがすいていないにも関わらず 2/3を食べ終えていました。

お友達は 小鳥の卸売りをしているので その商売の話を聞き終えると お店はもう閉まりかけ。
10時半って書いてるけど 実際は9時半で閉まるよう。
ま お客さんの数に縁るんでしょう。

外へ出て 自分の服をくんくん。

あ やっぱり 臭う。
嗅いでみ!

と 二人に勧めると 二人とも自分をくんくん。

「あ ホントだ なんか 臭うね」

多分周りの人は殆どが鍋を食べていたからなんだろうけど やっとわかってもらえたようでした。

会場へ戻り 他の知り合いにご挨拶すると 既に10時近く。
そろそろ帰らないと また 怖い人たちに 電車で遭遇する!

というわけで さっさと帰宅の途につきました。

帰宅してから 高級ホテルに行って 高級なものを何一つ 口にしなかったことに 気づきました。
意味ない・・・。

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| 異文化体験 | 13:07 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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