Lost in Australia 

オーストラリアから 映画と英語と暮らしのことなど 色々と

2007年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年03月

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リトル・チルドレン - 母子関係という神話

居場所のない人々 
Little Children


最初 これはコメディではないかと思い 笑っていいのか悪いのか とまどってしまいました。

イマドキ 歴史とか コスチューム系の映画くらいしかない ナレーション。
しかも 重々しい男性の声で。

だけど このナレーションのおかげで この映画 却ってコメディっぽく 響いたように感じます。
多分 それって 監督の意図するところじゃ 全くなくって どちらかといえば 原作に対する敬意と 登場人物の気持ちを描写するためだった とは 思うんですが 観ているワタシの脳裏に浮かんだのは 特撮ものなんかで ナレーターが

「では 解説しよう!」

とかって どうして 変身するようになったか とか 弱点を説明するシーンだったので どうにも おかしくておかしくて。
しかし その笑いは 映画が進むにつれて 次第に減っていくのが残念な点でした。

真面目な映画なのに笑えるというのは とても貴重なので。

映画の中心は 母と子の関係 と 世間の母というものに対するイメージと期待 そして 実際の母というものになった 女性の葛藤。

よくできた きちんと練られた脚本で 出てくるキャラクターにも説得力があります。
ラストが少々残念ですが 観て損しない作品です。

詳細な感想は 続きに書いていますので ご興味のある方は どうぞお読みになってください。

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| エイガ | 22:26 | comments:7 | trackbacks:2 | TOP↑

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Ella Enchanted アン・ハザウェイがまだアイドルだった頃

久しぶりに観る まっとうなお伽話映画
ella poster


元々は プリンセス・ダイアリーで有名だった アン・ハザウェイ。
きれいなお肌に黒髪に ぱっちり大きなお目々が印象的な女優さんですが 一昨年の ブロークバック・マウンテンで 大人の女優へと変身をとげ 昨年プラダを着た悪魔で 大ブレイク。

今年のアカデミー賞のドレスは 賛否両論ですが 堂々とプレゼンターの大役をこなしていました。

その アン・ハザウェイのこの映画 Ella Enchanted(魔法にかけられたエラ) 日本で未公開なのは お伽話は受けない日本だからでしょうか。

実はそんなに見る気もなかったのですが 友人が

「すっごく面白いよ~」

と勧めてくれました。
その人 若い女性とかじゃなくて きちんとした大人で 映画もたくさん観てる人です。
ま ちょっと オタクですが。

というわけで DVDにて鑑賞。

いや 面白かった。
しかも 途中で泣けるシーンもあり キャラクターもきちんと描かれている 子供向けとは思えないしっかりした作品でした。

あらすじは 妖精や魔法使いが普通の世界。
生まれたてのエラちゃんは おっちょこちょいの魔法使い(ヴィヴィカ・フォックスが ピンクのお洋服着て弾けています)に お誕生祝いとして絶対服従の魔法をかけられてしまいます。
たまたま その時泣いたから なんですが。

そのせいで エラちゃんは 言われたことには 総て従わなくてはならなくなってしまいます。
不運なことに その呪いを知っているお母さんは病気で亡くなってしまい 頼りになるのは 家付きの妖精だけ。

貧乏貴族のやもめのお父さんのところに嫁いできたのは 高慢なお金持ちの女性とその娘二人。

とは シンデレラの パターンなんで 当然 お姉さん二人は エラちゃんをいじめ 自分たちが大ファンの 王子様 プリンス(愛称チャー)を 追っかけ エラの秘密を嗅ぎつけるやいなや エラちゃんの唯一の友と 仲を裂いてしまいます。

こんなのは もう いや!というわけで 自分にかけられた魔法を解けるのは 当の魔法使いだけ ということで 魔法使いを捜す旅に出ます。
お供は 家付き妖精の彼氏。

この時代 小人や巨人は 元の王政とは違って その地位を奪われており 小人は芸人に 巨人は労働力にとなっており その変革をしたのが チャー王子の叔父。 
その影響で 弁護士になりたくても 身分上なれない 小人と出会い また 旅に出る直前に偶然出会った チャー王子に 窮地を救われ エラ一行は 王子も加えて 魔法使い探しの旅を続けます。
ella

そのうちに 互いに好意を抱くようになる エラとチャー。

ま よくある話といえば そうなんですが 素直に エラちゃん がんばれ!と 呪いが解けるのを 見守ってしまいます。

エラちゃん 性格もよいし 顔もかわいいし 王子さまが よく知らないのに 好きになるのもわかるような気がするキャラクターに なっています。

アン・ハザウェイは ダンスに歌にと 大活躍。
↓ここで観られます!
http://www.youtube.com/watch?v=twZ0kQNKGL4

大きな目に 涙をうるうるとたたえられると 観ているこっちが かわいそうになってきてしまう という お得なタイプ。

また 敵役の お姉さんたちが 上出来で 特に上のお姉さん。
ブサイク って 言ってもいいと思います。
しかし 同じ女優さんが 「華麗なる恋の舞台で」 では 若くてきれいな女優の役柄だったので どうなってるんだ! 私の目が正しいのか?と 不安になったりして。

しかし 一番驚いたのが 悪役の叔父さん。

昔 アナザー・カントリーや プリンセス・ブライド・ストーリーで とっても かわいかった ケアリー・エルウェスが
ケアリーの昔2

こんなになって 出演していました・・・
ケアリーの今

ケアリーの今2


それでも 太りに太って出演していた クレイドル・ウィル・ロックよりはましか・・・。

この姿を観たくがないがために SAWも観ていません!

同じ映画に出ていた ルパート・エヴェレットも ゲイをカミングアウトしてから 微妙な役が多くなったし (そういや マルディ・グラのために オーストラリアに来てたらしい) あの路線で 今も一線を張ってるのって ヒュー・グラントとコリン・ファースくらいなので これからも頑張って 40代半ばなのに ロマンチック・コメディをやっていって欲しいです!

話はすっかり逸れてしまっていますが 心がきれいになるような 素直な映画でした。
では 映画のラストシーン 登場人物による アンコールをお楽しみください!





| エイガ | 22:22 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ちょっとビックリアカデミー&ファッション批評

今 アカデミー賞の結果を知ったのですが

























・・・バベル 最優秀作品賞 取れなかったんですね・・・。

デパーテッドはいい作品だったけど バベルほどではないと 思うんですが 話の展開が難解であること アメリカが舞台ではないこと それから アビエイター ギャングズ・イン・NYで賞を逃している スコセッシのため!という 理由が重なったのが原因でしょうね。

とりあえず スコセッシ 好きだからいいけど やっぱりなんとなく 納得できないものがありますね。
助演男優賞は リトル・チルドレンの人でも よかったと思います。
一応 ノミネートされた人の映画 全部観たんですが どの人もよかったので まあ いいかな。

下にいいな と 思ったドレスと げげ!と思ったドレスを貼っておきます。

☆見目麗しい方々☆
レイチェル

髪とお化粧とお肌とドレスがばっちりクラシックな顔立ちにマッチしている レイチェル・ワイズが 一番ステキでしたが 下のお三方もお美しい。
ヘレン

ニコール ケイトが きれいなのは 置いておいて ヘレン・ミレン これで61歳って・・・素晴らしい!
ペネロペ

そして ペネロペ・クルスは きっちりまとめた髪と 裾が広がったお人形タイプのドレスが対照的です。
小柄な人は スリムなドレスより こういう方がいいという 好例です。
ナオミ

ナオミ・ワッツのドレス 胸の下でサッシュで絞ってありますが 今年の流行でしたね エンパイアスタイル。

今年は ベージュや白などの シンプルな色が流行っており ニコールみたいな 派手色はどちらかといえばあまり人気がないみたい。

★これはちょっと・・・な方々★
グウィネス1

グウィネスのドレス 色も肌に映えているのですが デザインが肩がきつそうに見えるし なんだか メトロポリスのマリアか?って 感じ。
ケロヨン

下のほうは 美しいラインなので 勿体ないです。
猫背も直した方が いいと思う。
ハドソン

ハドソン2

これは ジャケットが変。
このタイプのジャケット 流行っているのでしょうが 彼女のように 体格のよい方が着ると なんというか・・・鎧みたい。
ポケットに手を突っ込んでいるのも ちょっと ポーズとしてはあまりステキに見えません。
ジャケット後で脱いだのを見たら ドレス自体は 色が髪にもお肌にもあっていて ステキだっただけに 勿体ない。
ジェニファービール

色が華やかなのは買うのですが なんとなく髪の色とあってないようです。
そして 素材が なんとなく安っぽい。
ジェニファービール2

黒いベルトが悪目立ちしてるのかも。

そして この方も 今回は外した組に。
キルステン

次回に期待します!

☆番外編☆

ジャイモン

ブラッド・ダイヤモンドに出演した ジャイモン・ホンスーさん。
カッコイイ~♪

アビゲイル

リトル・ミス・サンシャインの アビゲイル・ブレッシンちゃん。
子供らしくて とてもカワイイです。
プレゼンターをやって 名前を読めなくて フフッとか 笑ってたのも 子供らしくてよかったです。
映画の中の 子供ミスコンを思い出すと ますます そう思わされてしまいます・・・。

写真は総てReuterサイトからお借りしました。

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| エイガ | 20:36 | comments:16 | trackbacks:0 | TOP↑

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マイ・デート・ウィズ・ドリュー

どんなでも ないよりまし!

デートウィズドリュー


この映画 説明すると とっても簡単。

映画監督になりたいものの 現在無職のブライアン。
クイズショーで得た賞金 1,100ドルを生活費に充てる代わりに 子供のときからの憧れの大スター ドリュー・バリモアと一生に一度のデートにこぎつける という 大きな賭けに出た。

ドリューの

「挑戦しないと ソウルを無駄にするだけよ」

という言葉を支えに 映画業界に身を置く仲間の助けを借りて 30日間返却ポリシーを逆手に取って 手に入れたビデオカメラを使い なんとかして憧れのドリューへ近づき デートの約束を取り付けようと 四苦八苦する。

最近こういうドキュメンタリーで 主人公というか ビデオを撮ってる人が個人的に体当たり!というのは 多分 マイケル・ムーアあたりから 主流になってきた傾向だけれど ビデオ撮影機器が手に入りやすくなってきた ということが一つと リアリティテレビの恩恵もあり 観客がドキュメンタリーに関心を持つようになってきたのが こうしたタイプの映画の増加につながっているんでしょう。

観ていて面白いのは 自分からドリューまでどれくらい間に人が介在しているか その数。
これ 前に見た ケビン・ベーコンの法則を意識しているのでしょう。

ケビン・ベーコンは フットルースで 華々しくデビューし 順調にキャリアを築くか と 見えたものの 一時微妙に低迷。
微妙な映画に出演しつつ (例 トレマーズ:でっかいミミズ映画) 徐々に演技力を活かし 再び 主役を張れるような立場へ復活 という なかなかの苦労人なのですが その彼 色々な映画に出ているので 誰でも自分から知り合いを辿っていくと 8人以内にはケビン・ベーコンがいる というもの。

しかし 近いようで遠いのが ドリュー。
コンタクトを取れる人に連絡を取れた!と 思っても 返事がなかったり この人だ!と 思っても そこから先がなかったり。

LA在住ということで 意外にかつて有名だった俳優たちが 気軽に顔を出しているのは これもある意味宣伝になる?と 思ってのことでしょうか。
それくらい LAって俳優さんが多いんだな とも 気づかされると 同時に 映画の街なんだな とも わかります。
とにかく 街中が何らかの形で 映画界にかかわりを持っているよう。

このドリューの大ファンである ブライアンは おたくというか 陰湿なところはまるでなく ただ ただ 子供の時のまま ドリューのファンなので 見てる側としては 何とかうまく行って欲しい と 邪念を抱かずにいられるのも またよし。

腕毛や 腹毛などあんまり濃いモンで

「それじゃーダメよ」

と女友達にダメ出しされたり エリック・ロバーツ(ジュリア・ロバーツのお兄さん)の筋肉盛り盛りの鍛えた腕を見て

「これじゃ ダメだ!」

と パーソナルトレーナーに通って エクササイズに努めたり と いつか来るはずのドリューとのデートに備えるのがほほえましい。

最初は いい年して バカだなー と 思う人も多いだろうけれど そのって言うのが あまりにもバカバカしく しかし 純粋ななので かえって応援したくなるらしく 結構たくさんの人が 無料で助けてくれたり 見知らぬ人が 応援してくれたりもする その人情を観て

「まだまだ この世の中って 捨てたモンでもないのね」

と 思ってしまえるという いい気持ちになれる ドキュメンタリーでした。
ま、本当に 1100ドルで30日間は 厳しいアメリカの映画業界なので ちょっとお飾りはされてるかもしれませんが

結果どうなるかは 映画を観たらわかるので ここでは書けませんが ブライアンのお母さんが言う

「何もないより 何かある方がまし」

という言葉。

お母さんは ばかり追ってる職なし息子を心配して

「無職でいるより 少しでも稼いだ方がいいわよ」

と 言っているわけなのですが ある意味この言葉 に当てはめてみてもいいかもしれません。

「何にもがないよりは つまらない夢でもあった方がいいよ」

と。
アメリカという国の こうした ものすごく前向きな 夢を追う姿勢は 少しでも見習って行きたいものです。
つまらない夢でも それに向けて 頑張っているうちに 何かいいことがあるかもしれませんものね。

この 一ヶ月の生活費に相当する1100ドルを無駄にするような 夢追い男 ブライアンは 腕毛も濃く 前の彼女にも 自分勝手と なじられるような人ではありますが ドリューに一歩近づいた!と 喜ぶ様や 偽造パスで潜り込んだ チャーリーズ・エンジェルズ2の 披露パーティで 女友達のおかげで 初めて声をかけることが出来 握手も出来たものの その握手の仕方が

「最高にヨワッチイものだった」

と へたれている様子など とてもキュートで このドキュメンタリーを観た 女性は 意外とこのブライアンのファンになってしまうかもしれません。

この映画で掴んだ成功とコネを元に ブライアンが映画監督として 成功することを 心より祈っています。

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| エイガ | 18:36 | comments:2 | trackbacks:2 | TOP↑

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猫の 里親探しに 奔走

さて 久しぶりののハナシ。

里親探ししなくちゃな と 思ったまではよかったけれど はて 一体どうしたら いいか よくわからない。

わからないけど 近所を歩くと

「うちのワンコが行方不明」

だの

「うちのニャンコがいなくなりました」

だの 結構迷い動物がいることを 発見し これだこれだ と 大慌てで 原稿を作成しました。

当時 我が家にはバブルジェットしかなく これでは雨が降ったらにじんでしまう・・・と 大学で印刷することに決定。

写真を撮らなくちゃ・・・と 試したところ 黒っぽいので 真っ黒な中に何やら黄色い目があるという状態で 何がなにやらさっぱり。

カワイイ子です!

と 書いた文句がまるで嘘のような 恐ろしい やせこけた黒い物体が 眼をギラギラさせている・・・という 大変なものしか撮れなかったので 写真案は却下。

売り出し文句が必要だわ

こういうとき 学校で勉強したことが役に立つんじゃないか!
がんばれ! 
人をひきつけるような文句を考えるんだ!

というわけで 考えたのが以下の文面。

可哀想な子が お母さんを捜しています

1月3日の嵐の晩 やせた子を保護しました
とてもやせていて しばらく迷っていたと思います
とても寂しがりやで お行儀がよいです
お母さんが恋しいのでしょう 寂しそうに鳴いています
濃いグレーの毛に 黄色い目がとても上品です
顔立ちもとてもかわいくて 人懐こい子です

心当たりの方はご連絡ください

どうだ ここまで書いたらきれいで可哀想な子猫のように思えるだろう

と いいだけ書いて 電信柱にぺたぺた貼り歩きました。

知り合いに聞いたら スーパーにお知らせ版があるので そこに張るといいよ というので そこにも一枚。
ご近所の お知らせ板にも 張り紙をしました。

これは当然一人でしましたよ。
同居の東ヨーロッパ人は

「それはキミの猫だから 自分には関係ないから 張り紙も一人ですればいいし 手伝う必要性を感じない 猫なんて捨てればいいじゃない 一人で生きていけるよ」

だそうで そのくせ 気が向いたときだけ遊んでいる その様子には

こいつ 絶対ろくな死に方しない

と ひそかに念じておりました。

待てども待てでも電話は鳴らず 1週間が経ちました。

「お母さんはどこに行ったんだろうねぇ」

と ため息をついても 猫にはわかるはずもなく 毎日寝ては起き 起きては遊び を繰り返しておりました。
しかし 留学生の身では 猫を飼うわけにもいかないし 何しろ借家。
いつ 放り出されるかわかりません。

そんな時ふと 思いついたのが RSPCAという保護団体。
王立という名前からして ちゃんとした 団体らしいし きちんと面倒みてくれそう。
いざとなったら そこへ預けたらいいかも と 思いついて ちょっと安心しておりました。

そんなある日 学校の知り合いにたまたま会う事になり たどたどしい英語で

「猫を拾ったんだけど 誰も飼い主見つからないから ダメだったら RSPCAにやろうかと思うの」

というと

「ダメよ~そんなことしたら Put downされちゃうよ!」

と 血相変えていうではありませんか。

Put Downって言葉はわからずとも 意味はおぼろげにわかったので、

「そ、それって もしや 安楽死 とか・・・?」

と 恐る恐る聞くと、

「そうよ~~~!飼い主見つからなかったら 仕方ないからころしちゃうのよ」

との返事。

「ど、どうしよう それは いやだな」

「いざとなったら うちの彼氏 猫好きだから 引き取ってくれると思うから」

と言ってくれたのを頼りに 帰宅。

それを出迎える猫は どうやらここが自分の家と決めたようで すっかり家にも慣れて 居間でひなたぼっこを楽しんでいました。

「誰ももらってくれないなら 仕方ないから引き取ってもらおうかなぁ」

と 思いつつ 一度面倒みると情も移ってしまい 最初にはキモチワルイ目の色 と 思ったのも 慣れると 

「こんなだから捨てられたのかも」

と かわいそうに思えてきて このまま飼ってしまおうか どうしようかと 心は揺れ動くのでした。

| | 22:38 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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レッド・ドラゴン - やっと観て 旧作と小説のよさを知る

フランチャイズの 悲しみ
レッドドラゴン レッドドラゴン
アンソニー・ホプキンス (2006/04/01)
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
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ちょっとすることがあって 映画を観に行く暇がなかったので 代わりにレンタルしてあった レッド・ドラゴン観てみました。

う~ん お金かかってるなぁ

というのが 最初の感想。

で 話はなんと言うか 豪華キャストの弊害を見た! ってとこです。

実は ハンニバル・レクターが こんなに評判になる以前 トマス・ハリスの オリジナルを読んでいたのですね。
で レッド・ドラゴンと 羊たちの沈黙を比べて 小説としては レッド・ドラゴンの方が好きだったのです。
というのも こちらの小説では レクター博士というのは あくまでも添え物で 犯人の気持ちが異常にわかってしまう 天才プロファイラーでもある グレアムが 自分の中にある狂気や異常性が 犯人の行動を理解させるのだ と気づきながら 自分と異常犯罪者との間の線を乗り越えて 向こう側へ 行ってしまわないように 苦悩する というもので その葛藤が面白かったんですね。

だけど この新しい方の作品では どうも そういう苦悩や葛藤は全然見られません。
主人公グラハム刑事の天才性は 最初に残虐殺人犯 「トゥース・フェアリィ」が 何故鏡を割ったか を 理解するシーンで描写され その描写自体は 天啓!という感じで 彼の脳裏に再構築される そのすごさを感じさせるものでしたが その後 そうした描写 一切なし。
ただの 刑事ものになってしまいます。

レクター博士も 狂気性を感じさせる というよりは やっぱり添え物的な扱い。

さて 肝心の今回の殺人犯 ダラハイドをやった ラルフ・ファインズですが。

う~ん 演技が上手なんだろうことはわかるんですが 狂気という感じがしない。
端正な顔の中に 目だけが狂っている ってのが欲しかったのですが。
よく鍛えた体はありがたかったですが 背中一面に入れた刺青を見て フィリップ・シーモア・ホフマンがおののくのも 一体なんでやら わからず。
でも これって多分 背中にからくりもんもん の ヤクザさんに慣れた日本人ならでは なのと そういう人 しょっちゅう見かけるオーストラリアに 長いこと住んでるので 刺青には 慣れちゃってて その刺青を体一面に入れる という 自己改造性に 衝撃を感じなくなってしまっているんでしょう。
多分 アメリカの観客には ものすごいショックだったろうけど。
真面目な国だし。

という豪華キャストの中で光ってたのが フィリップ・シーモア・ホフマンと エミリー・ワトソンでした。

フィリップは得意の

神経に障るデブ

を演じており 出演シーンはそんなに長くないけど 相変わらずいい仕事をしていました。

エミリー・ワトソンって そんなに好きな女優さんではないけれど この作品でも目の見えない女性で 自分と同様に 他人から距離を置かざるを得ない立場にあるダラハイドに 好意を持っていく レバを 好感の持てる 寂しい だけれど ダラハイドにしばしの安息を与える女性として 描き出し 原作を見事に再現していました。

で 何が物足りなかったのかな と 考えると 大ヒット作のシリーズ物にはありがちな 人物描写の浅さもさることながら 主役のエドワード・ノートンの不自然な金髪が!

見ていて どうにも 不自然で 何よりそっちに目が行ってしまって大変でした。

キャストといえば 多分 エドワード・ノートンと ラルフ・ファインズを 逆にした方がよかったんじゃないか と。
エドワード・ノートンは 真実の行方で 同じような役を演じていたので 同じものはやりたくなかったのかな?と 想像していますが どうせなら そういう役の得意な俳優になってしまうのも いいのでは?
ファイト・クラブでの 切れっぷりもよかったし デ・ニーロとか ニコルソンだって そういう側面あるんだから ここで思い切ってしまうのも いいのでは?

ラルフ・ファインズですが 持ち味の上品な感じが ダラハイドの育ちと重なって そこはいいけど 誰とも付き合えない性格(サイコパスなんで仕方ないけど)なので 孤独な職を選んでる とはいえど あんなにハンサムでいい体してたら 絶対女の人がほうっておかないので あそこまで孤独だった ってことは なんとなくあり得なく見えてしまいました。

ハンサムでも近づきがたいタイプの人って 実際にいるんですが そういう人は何かこう 人を寄せ付けない雰囲気をかもし出しているんですが ラルフの場合 

「ボク 寂しいんだよネ・・・」

みたいな 空気をぷんぷんと振りまいている感じがしちゃいました。
気にしていた 口の手術跡も あれなら チャーミング って 思われちゃいそうだし。

そして 興ざめだったのが 音楽。

あらゆるところで ジャンジャカと 壮大な音楽が流れ 緊張するシーンでは 緊張音楽が流れ 

「少しは静かにしたら どうだ!」

と ボリューム下げたくなるくらい。
でも ダニー・エルフマン なんですよね・・・。
どうした ダニー!

本が好きな人だと あれ?と 思ってしまうくらい エンターテインメントに徹した映画になっていましたが 羊たちの沈黙の大成功を考えると 仕方ないことなんでしょうね。

というところで 昔に観た 同じ レッド・ドラゴンをアマゾンにて発見。

10年以上も前に観たので 記憶がないのですが ものすごく静かで 中に緊張感がある 作品だったなぁということを 覚えています。
出ている俳優さんたちも そんなに有名じゃないけれど よくできた小品 という 印象が残っています。

で 今調べたら なんと マイケル・マン監督でした。
なるほどね って 感じします。
もし DVDを発見したら 安いから 買ってみるのもいいかと思います。

レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙 [MGMライオン・キャンペーン] レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙 [MGMライオン・キャンペーン]
ウィリアム・L・ピーターセン (2007/01/19)
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| エイガ | 22:04 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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華麗なる恋の舞台で (Being Julia)

ジュリア1

この映画 製作されたのは 2004年。
2005年当時観に行こうと思っていて 気づいたら終わっていたのを覚えています。

実はアネット・ベニング って 

「美しい!」
「最高の美人!」

と よく書かれていて 

「えー!そんなことないじゃない!」

と 思ったのと 美人と言われているのが憎たらしかったというのは嘘で 近所で上映されていなかったので 観にいけませんでした。

最近ようやく行ける距離内にDVD屋さんがあるところに越したので 借りてみました。

主人公ジュリアは 有名なベテラン舞台女優。
その演技力と美貌で イギリスのみならず アメリカも席巻。
しかし 最近 燃え尽き症候群にかかり 何か新しいことが起こるのを待ち焦がれているが 本人にも何かは不明。
そんなところへ ジュリアを女神のように崇める アメリカ青年トムが登場。
トムと関係を持ち これぞ 自分が待ってたもの!と 小躍りするも トム側はすぐに飽きを感じ 若い女優志望の娘に乗り換え。
プライドを傷つけられたジュリアだが 若い女優への役の斡旋を頼まれても 快く引きうけ 彼女を舞台の主役にするかのような行動をとるが そこには彼女なりの考えが あった・・・

というのがあらすじ。

原作を読んでいないのですが 出てくる役に無駄がない。
二人の大人の役者 アネット・ベニングと ジェレミー・アイアンズが 場をしっかりとまとめ その他のキャストが脇を埋める。

若い二人もなかなかよい。

トムを演じる役者さんはイギリス人だそうですが きちんとアメリカ訛りを身につけ 若いならではの傲慢さ を 発散しておりました。

若い女優かつ トムの恋人となるエイヴィスは 

「カワイイ カワイイ」

と連呼される割に 下っぷくれで あれれ?ってとこ。

中でも マイケル・ガンボンの演じる ジュリアを女優として大成させるに至った演技の先生で ラングドンは 最高の役回り。
こんなおいしい役って なかなかないと思います。
ジュリアを 死後も 叱咤激励する役なんですもの。

ジュリアの夫 マイケルの イギリス紳士ぶりも笑えます。
紳士っぽくても 中身はやっぱりイギリス人。
ジュリアとマイケルは 倦怠期ではありながらも やっぱり割れ鍋に綴じ蓋 この妻にしてこの夫アリ。
夫婦って 実際こんなもんだよなぁ~と 思わずにんまりしちゃいました。

30年代のきれいな衣装も見ものだし 劇場の雰囲気 大戦前のロンドンの華やかな社交界を体験するだけでも 見ごたえあり。
しかも 見事な台詞の数々。
はっきりモノをいわずとも 伝わるあれこれ。

大人の女性のための映画ですね、これ。

細かいことは 続きにて 書いておりますので お時間があれば ドウゾ。

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| エイガ | 23:03 | comments:2 | trackbacks:4 | TOP↑

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ドリーム・ガールズ その2

先日も書きました ドリームガールズですが 書き残したことがあったので 追加。

現在音楽界で主流なのは R&Bと言われているもの。ビヨンセ率いる デスティニー・チャイルズとかそうです。

一度 シェアハウスで一緒だったオージーが 偉そうに

「アタシは R&B すきなのよ。知ってる? R&Bって」

勿論知ってる と こたえると

「やっぱり 本物じゃないとね。アジア人のやってる R&Bなんて偽物で 笑っちゃう」

と言って 彼女が好きだといって名前をあげた歌手は 実は白人で 「R&Bっていうのは 元々アフリカ系の音楽だよ。ロックだって 基本的には アフリカのビートじゃない」 と 言ってやりたくなりましたが そんな おバカさんに言っても聴く耳持たないので 放っておきました。

というわけで この映画 いかにして アフリカ人だけの音楽だった R&B というものが メインストリームとなっていくか を 音楽に乗せて紹介していきます。

この様子を見るのは まず 観客層 と そして テレビの画像に注意を払っていれば よいでしょう。

当初 ドリームガールズの音楽を聴くのは アフリカアメリカ人層のみ。
その音楽が 白人層に パクられてしまいますが そのときに画面に映るのは ステキなアメ車に ハワイアン。ブロンド美人をバックに の~んびりムード。
これが当時の メインストリーム。
パクリに憤る気持ちはよくわかりますが しかしそれは アフリカ系音楽へ メインストリームたる 白人が魅力を見出し 門を開いたということ。

敏腕マネージャーである カーティスは このチャンスを見逃さしません。ソウルフルなオリジナルを 軽い軽いポップスにしたてあげていたのを 見て取ったカーティス。 エフィーの兄のCCという 凄腕作曲家と共に 「白人に受ける」を目標に マイアミ そう、お金持ち白人層のいるステージへ 一番手であるジミーを連れて 乗り込みます。

しかし 黒人音楽のソウルと セックスを思わせるパフォーマンスに満ちた ジミーのステージに反撥を感じる観客を見た途端 カーティスは 「ソウルはだめだ もっと 軽くないと」 と ばかりに ソウルたっぷりの声を持つ エフィーを下げて 明るいトーンの歌声を持ち 従来ならばバックコーラスを担当するはずの ディーナを主役に饐えます。この作戦が功を奏して 無事 ドリームガールズは スターダムへとのし上がり ディスコブームへとつながっていき 現在のように R&Bが受け入れられる下地ができた と 考えます。そして メインストリームとなったディスコミュージック。

ですが カーティスが ディーナと口論になったとき 

「お前の声が没個性だから 選んだんだ」

という 台詞を吐きますが これは この現代の音楽界 とりわけR&B界への皮肉がたっぷり と 感じてしまいました。アフリカ音楽に起源を持つ ブルーズがいつのまにか その魂を失い 大衆化されてしまった と批判しているように 受け取ったのです。


多くの映画評では ジェニファー・ハドソンを賞賛し ビヨンセをけなす声が多いですが 決してそうは感じませんでした。
特にビヨンセのファンでもないし いわゆるR&Bのファンでもないので 偏見があるというわけではないのですが この映画は 前半は エフィーの映画 後半は エフィーがいなくなってから ドリームズが有名になることで 中心人物となる ディーナが 主役となりますが ディーナは常に 

「自分はスポットライトの中心になるべきではない」

と 感じており マネージャーであるカーティスによって 操られる人形のようにしか 感じていない様子が きちんと描かれています。
彼女には自分の意見もあるし 好みもあるけれど 敏腕プロデューサー、マネージャー、かつ 夫でもある カーティスは ディーナに耳を貸そうともせず ただ ひたすらに ディーナという素材を使って 自分の夢を実現しようとしています。
自分に音楽の才能がない もしくは スターが自分ではないことを なぜか カーティスは嫉妬しているようにも 感じられました。
自分が育てたはずの グループなのに そして 自分が選んだ ディーナなのに 自分の好みを押し付けている点に 全員でチームとして ファミリーとして 成功するのではなく 自分の代理として 自分の夢見るとおりの成功を勝ち取るように カーティスが操作しているようです。

ディーナは グループとして成功するために ひたすら 自分たちの才能を見抜き、大きくしてくれた 信頼するカーティスの言うことを聞き その通りにしていればいい と 考えていたものの やはり 自分というものがあり だけれど 夫かつマネージャーということで 一日中管理されている いわば かごの中の鳥状態だった ディーナですが ついには自分を取り戻します。

自分たちの夢見ていた スターダムを 全員のためにかなえようと 主役の座を頑張っていたものの 自分ではない役を演じていた 辛さを ビヨンセは きちんと演じていたように 思います。

確かに最初は ドリームズの3人が夢見ていた スターダムという成功ですが それが いつのまにやら カーティスによって作り上げられたものに変わってしまい 家族であり 共に夢を追求するはずだった ドリームズは 存在意義を失ってしまいます。

そして 売り上げのためには汚い手段を使うことも やむなし とする カーティスの姿に かつての彼らの歌を奪った 白人層の再来を見て ショービズ界の厳しさを知ると共に ファミリーと自分たちを考えていた ドリームガールズは 終焉せざるを得なくなるのです。

つまり 主流の白人層に食い込んでいくために 戦略として また アフリカ系アメリカ人として 一体になって協力して ファミリーとしてやっていったはずが 主流の位置を占めると いつしか 主流派としてビジネス=金儲けの手段でしかなくなり スタート当初に持っていた 新しい音楽を作り 自分たちの音楽を認めさせる という考えはなくなり いつもどおり従来どおりの音楽しか受け入れなくなる 保守化した カーティスは ドリームガールズ、夢を実現するために 頑張る一団には 既にないということです。
その様子は CCが ローレルとジミーと録音した アフリカ系アメリカ人向けの メッセージソングを カーティスは 一般に受けないから と 将来的なことを考えもせず すぐに却下するシーンで明らかになっています。

麻薬で身を持ち崩す エディふんする ジミーは まさしく アフリカ系アメリカ人の「ソウル」を代表する役柄です。 
ですが ソウルを歌う限り 彼はメインストリームには なれず かといって 自分の心に正直に メッセージソングを歌えば 却下され 歌いたくもない イージーリスニングタイプの歌を歌い とうとう 抑えきれずに 舞台でソウルを歌った途端 彼は永久追放となってしまいます。

そんな人がいても それでも 夢を追い続けよう 私たち ドリームガールズは あなたといつも共にいる と 歌い上げるシーンは 一つの夢が終わっても 新しい夢を見よう という アメリカ人の心にどんぴしゃ響くのでしょう。

監督ビル・コンドン は キンゼイなど 「栄光の頂点から 転落する人間」を描くのが得意ですが 本作品もその一つ。
今回は エフィーにもう一度栄光を与えることで 更に受け入れられやすい作品となったようです。

つまり アメリカ的に 

「才能を持ちながら 不遇により 正しく評価されないが 後に その才能が認められる」

という アメリカンドリーム、一度失敗してもやり直せる!という 気持ちに観客をさせたことが 勝因でしょう。

ですが 実はこの作品 あまり楽しめませんでした。

というのは エフィーの性格に共感できなかったから。彼女が ものすごく いやな人間だから。

不器用といえば それまでだけれど 自分自分 と 自己主張ばかりで 追い出されるのも仕方ない!と 思ってしまいました。そして 変わったのよ と 歌しか自分には道がない!と 決めて やっとの思いでバーでの歌手の職を得るときさえも その 傲慢で自信たっぷりな態度に変わりがないようにしか見えない脚本のせいで いくら彼女が

「私は変わったの」

と 歌ったところで

「さっきのあの態度は 何だったんだよ」

と いちゃもんをつけたくなるのが 玉に瑕。

そんな人でも 好きなことをやっていれば いつかは報われる と 言いたいのかもしれませんが 先日観た 「世界最速のインディアン」と比べると 同じ夢を追っている同士なのに この違いは何 と。

このエフィーを いやなオンナ と 感じさせないように 台詞が同じであったとしても 違って演じることができるのが すばらしい演技者だと 思います。残念ながら 女優初挑戦の ジェニファー・ハドソンには そこまでの演技力はないでしょう。確かに歌は本当に上手でしたが 女優としては まだ未知数です。
それとも 他の方は そうした態度に 「強がり」を 見たのでしょうか。それならば どこかで エフィーが強がっている自分から 素の自分 本当は歌いたくて仕方ない それこそが自分のしたいこと!と 強く信じる様子 切望する様子を描く ワンシーンをいれてくれればよかったのですが。

それに 多くの方が絶賛している 彼女のクライマックスシーン の演技も 正直言って 私にしてみると 駄々っ子のようにしか見えなくて 正直言って興ざめでした。
彼女の歌声が 素晴らしく力強いために 悲しい気持ちは 歌声からは伝わっただけに とても残念でした。ただ 呆然と立ち尽くす とかの方が 彼女の絶望が伝わったように感じます。

反対に 誰も評価していない ローレンの演技に 惹かれました。
きちんと脇を務める人がいなくては 主役は光り輝きません。
ローレンは ドリームガールズの中でも 実生活でも 常に二番手の存在です。その悲しさを そこはかとなく伝え それでも 自分が好きなのだから 仕方がない と あきらめて 最善を尽くしていく姿に どちらかというと 共感できました。

脇役がきちんと描けている ということは よくできた脚本という証拠なだけに エフィーのわがまま三昧を肯定するかのような 描き方は勿体なかったです。

ジェニファー・ハドソンが クィーン・ラティファのように 化けてくれることを 心より望んでいます!

| エイガ | 21:28 | comments:4 | trackbacks:3 | TOP↑

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イカとクジラ - 壊れていく大人 壊れていくコドモ 壊れていく家族

注意!ネタバレアリです!

イカとクジラ


81分という短編ながら きりりとしまった作品。
全てに無駄がありません。

ほんのりユーモアに包みながら 知識層家庭の崩壊と 大人大人であるのをやめてしまった時期 そして 子供が大人になる過程が 的確に描かれています。

監督兼脚本家であるボーンバックの デビュー作だけど この感覚どこかで味わった と 思って見ると プロデューサーが ウェス・アンダーソンで 「ロイヤル・タネンバウム」と「ライフ・アクアティック」の テイストだったか と気づきます。

だめなお父さん (一応家族思いなんだけど どうもピントハズレ)を 描くのが 上手な彼。当然 ダイスキな監督の一人。

さて この映画のお父さんも ダメオヤジの仲間。
しかも 下手にインテリだけに 手に負えない。
いい映画を観ない奴 いい本を読まない奴は 人間失格と断定。
作家として名声は博したものの それも最初の1冊だけで その後は鳴かず飛ばず。
仕方ないので大学で 創作を教えている。
一作くらいしか書いてないのに 創作技術を教えるのもどうかと思うけど 中でも有望な美人学生に 「住むとこないなら うちにどうかね」 という程度に色気あり。

このお父さん 全くもって コドモ。
家族でのテニス ピンポンでも勝ちたがり 負けると感情むき出しに悔しがり 勝つと大喜び。
子供との文学論争でも子供を負かしたがり 当然 妻との口論で 絶対勝とうとすることを やめない。

そして 子供に
「お父さんはもてたけど お母さんがいたから 誰にも手を出さなかった」
と 自慢するまではまだいいものの

「だから今後悔してるから オマエは早く落ち着かないほうがいいよ」

なんて とんでもないことを吹き込んでいる。
父親の自覚はあるものの 役割をすっかり勘違いしている。

お母さんの方は ニューヨーカー誌に処女作が掲載される予定の 新進作家で その才能に バーナードが嫉妬しており それが更に二人の関係を悪くしています。
しかも バーナードとの仲がうまくいかないのを 解決しようとするのではなく 浮気でストレス解消 自分探し。

どうやら この二人 作家というだけあって イメージどおり 自己の肥大した人たちみたいです。

そんな 大人子供の両親が いきなり別居を宣言。
そして 子供を味方につけようと 無意識に競争を始めたのだから 当の子供たちは大変になります。

理性的に とか 言って 全てを等分にしよう などと提案をしますが それすら 頭で考えたこと。
なんでも 理性に従って 相手の気持ちを考えない この夫婦の性格が浮き彫りになります。

上の子 ウォルターは お父さん側で お父さんを無条件に尊敬し 読書はお父さんの勧めるカフカを鵜呑みに賞賛 音楽はピンク・フロイドを崇拝。
そのせいで 映画の後半で問題を引き起こすけれども それくらいに お父さんの言葉が全てにしみついているわけです。

下の子 フランクは 丁度思春期にさしかかったところ。

そんなところにお母さんの不倫話 しかも 自分が仲良くしており 父親よりも父親的存在と観ているとおぼしき テニスコーチ とも 浮気をしてしまうのを知る という 性的目覚めを迎えたところに 不安定な状況に陥り 図書館やロッカーに精液をなすりつける という 問題行動を引き起こします。

子供たちの問題行動が 不安定な両親によるものであるのは 明らかです。
ウォルトがしてしまう 問題行動は 父バーナードからの賞賛を得て 受容してもらいたいから。
ですが 通常 無条件の受容と言うのは 母の役目。

フランクのそれは 母の打ち明けバナシにより 性的関心が増し その発散の仕方がわからない上に それを話せる相手である父は 別離のために疎遠になっている。

ウォルトもフランクも 本来ならば 与えられるべきもの 与えられるべき親から 与えられないでいるのが 問題行動の原因になっているのでしょう。

だけれど 父は 父らしく振舞うことをせず 息子の彼女を値踏みし 淡い気持ちを抱いている 美人教え子に迫っていたり と ウォルトが 父を尊敬しているにも関わらず その尊敬にこたえる行動はとることがありません。
父は どちらかといえば 子供たちにとって 対等な立場に立とうとしているようで それでは 両親の別離という困難に立ち向かう息子たちにとって 何かしっかりと 支えになるような存在になりえないし また 自分のことだけで精一杯なバーナードは その必要があることにさえ気づいていません。

母のジョーンも 子供たちが置かれている精神状態を把握することができるほど 大人ではなく 一所懸命 自分と母の関係を 自分が母に似ている と 保証してもらうことで 確立しようとするフランクに 持ち前の正直さでもって 

「あなたは お父さん似よ」

と言ってしまい 彼の心の平衡を取ろうとするサインを見逃してしまいます。

二人の子供に育てられた 男の子二人。
80年代と言うのは 丁度 ミーイズムとか 自分本位であることが 肯定され始めた時代です。
職業的にも 時代的にも 親が親であることをやめ始めた時代。
そして 離婚家庭も 全く普通といえる状態で 家族というユニットが 壊れていっている時代に 情操的には 両親不在と言っていい状態で どうやって大人になっていくのか が この映画のテーマなのでしょう。

タイトルの イカとクジラ というのは 学校カウンセラーにかかることになった ウォルトが 子供のときの記憶として思い出す ニューヨーク市自然博物館の展示で 海底で 巨大イカとクジラが 互いに互いを食い合おうとして 戦う情景をジオラマにしたものです。

何度も映画上に現れる テニス ピンポン も 互いに二手に分かれて 戦うゲーム。

これらには 父と母との 昔からの諍い 対立状態 心理的な駆け引きが 象徴されているのでしょう。
そして イカとクジラが怖かった と つぶやく ウォルターは 不安定な両親により 精神的な安定を常々奪われてきたわけで あまり 幸せな少年時代をすごしてきたのではないことも うかがわれます。

カウンセラーとのインタビューで ウォルトは このとき 自分と一緒にいたのは 母だけで 実は幼少時代には 父は不在だったことに はじめて気づきます。

父との親密な状態が始まる前は 母と十分に仲が良く 信頼関係を築いていたことに気づいて 初めてウォルトは その記憶を確認しに行きます。

自分には 父も母もいた と 初めて確認した ウォルトは この時初めて 子供時代を取り戻し 大人になる準備ができたのでしょう。

ひそかに この 一見理性的な アメリカの知的階級を代表する インテリ夫婦の内側に潜む どうにもならない不確定要素を象徴するかのような 猫の行動が 見ものです。

よく書かれた短編小説を読んでいる感覚を味わえました。

舞台となっている ニューヨークの風景も 見ていて とても気持ちよかったです。
あんまりニューヨークには興味がなかったけれど この映画を観て 一度くらいいってもいいかな?と 思うようになりました。

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| エイガ | 21:35 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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日本文化を知らないオージーに 用心棒を見せる

用心棒 用心棒
三船敏郎 (2002/12/21)
東宝
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さて 本日は 前回に続いて 黒澤監督の 「用心棒」を見せてみました。

「えー 90分じゃないの」

と 文句を言う同居人。
今日は仕事があったそうで 疲れていました。

「まあまあ 同じ人が主人公だから」

と 訳わからない理由でなだめたら 意外に効いたようです。

さて、最初の質問は

「このタイトルには何書いてるの」

と また同じ質問・・・


「あんた 先週も言ったろうが!
これは キャストの名前とか 監督とかの名前だよ!」

と 怒りたいのをぐっとこらえて その質問のわけを問うと

「だって 何書いてるか さっぱりわからないから・・・」

さっぱりわからないってどーいうことかというと、

「これが 文字やらなにやらさっぱりわからない」

そうでした。

そうかー、日本語の書き文字を習わない人には ワタシがタイ語を見たとき、アラビア文字を見たときと 同じ感想なんだな と 一瞬感心したものの 先週も同じ回答をしたことに気づき やはり 何も覚えていないんだ・・・と 改めて思い知らされました。

さて 何度も観てるので ワタシは特に真剣には観ていなかったのですが 同居人が一番驚いていたのは 犬が人間の腕をくわえているシーンでした。

「観ろ観ろ!どーなってるんだ!」

と 一体説明してほしいんだか そうじゃないんだか わからない発言だったので とりあえず

「すごいねー」

と流しました。

今回はどうもあまり集中できていないようで 前のように 

「おお!」

だの 騒ぎ立てることも少なかったです。

しかし、銃を持ってる卯の介を観て 

「こいつ どーして この浪人を撃たないんだ!」

とか また新たな質問。

「こいつ うざいじゃない、撃っちゃえばラクだろうに」

そうしたら 話が進みません・・・。

三十郎の人間性を表すエピソードでも

「こいつら どうして いつまでも ウロウロしてるんだ?」

と やはり 文化を知らない発言が登場。

「きちんとした日本人は 助けてくれた恩に対して ちゃんとお礼をするんだよ」

と 説明しても 納得いかない様子。

「だって 早く逃げないと捕まるだろう!」

・・・いや それはわかってるんだけどね。

そして

「出てくる奴らが皆醜い!」

と 言い放ちました。

「いや それは この町は 非道な奴らに牛耳られているから そういう奴らは 美しくないのよ」

と 説明しても

「こんなに醜い人間ばかり出てる映画 久しぶりに見た」

と ある意味感動しています。

そして 後から女郎の踊りシーンでも

「日本人女性って 皆こんなブサイクなの」

とまで 言う有様。

そして 女郎が足蹴にされている様子を見て

「封建時代の日本にこんなことがあったの!」

と仰天。

「農家の娘が 不作の時に借金の片に売られたんだよ」

と教えてビックリ。

さすが 日本文化を何も知らないだけあって 観るもの全てが珍しいようです。

卯之助の髪型を見て

「他の人がああなのは こないだ説明聞いたからわかるけど この人の頭になんだか とさかみたいのついてる これ何?」

と 質問。

洒落モノなんだよー、キモノの柄を見ればそれがわかるんだけど・・・と 教えても やっぱり納得行かない様子なので

「メトロセクシャルだと 思いなさい!」

の一言で納得してもらいました。

このメトロセクシャルって 一昨年くらい流行ったのですが いわゆる フェミ男みたいなもので 男なのに身だしなみに気をつけて オシャレが好きな男性のことを指しています。

オージーは 飾らない 男くさい マッチョが 尊重される国なので こーゆー輩はやはり男性には敬遠されるようですが 毛深い男性の中には 脱毛に励んだりしてる人も多いらしい。

江戸時代の日本では そういうの 当たり前だったらしいですが。
時代は巡る。

さて 有名なラストシーンでは もうおおはしゃぎ。
というのも どうなるか予想がついたからだそうで、

「ほらほら きっとね こうなるんだよ」

と 

「アンタ 子供かい!」

って言いたくなるくらいの興奮ぶりでした。
彼の予想とはちと違っていたようで 残念そうでしたが 全体的には

まあまあ よかった

とのこと。

まあまあ とは 失礼ではないか と思ったのですが 椿さん十郎のように ユーモアが目立つ形では表現されていないし 少々長めだったのも 減点対象となったようです。

血の気の盛ん 口は悪いが実は人情あふれる男 三十郎って 今の時代には生きられないタイプの男なんだなぁ~と ウェスタンに転用されたのが よくわかりますよね。
そして 三船って カッコイイ・・・。

ハンサムな日本俳優さん たくさんいらっしゃいますが この三船の男臭さを受け継いでる人って あまりいませんよね。
どうしてなんでしょう。

次期三船の登場を 心より期待しております。

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| エイガ | 22:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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オーストラリアで サメを素手で捕まえた人

世界ビックリニュースによると 酔っ払った勢いで 素手でサメを捕まえた人がいたそうです。

釣りに出かける前に ウォッカを「数杯」飲んでいたため サメを見つけたこの方 素手でサメを捕まえて水揚げしたそうです。

この

「数杯」

が くくってあるのがものすごーく気になるのですが 多分 

「数杯」

というのは ボトル半分くらい と オージーの飲みっぷりを見てると 予想がつきます。

普通なら 足腰立たなくなるくらい飲んでも 白色人種って元々消化酵素が多いので 平気な人 多いんですよね~。

でも 実際のところ クリスマスパーティの時期には 二日酔いで使い物にならない人 病欠する人が続出。
生産性が下がって仕方ない!とのこと。

こういうこと聞くと Drinking Culture と 留学生に揶揄されても仕方ない 怒るな、オージーよ!って なだめたくなっちゃいます。

| ニュース | 21:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゴーストライダー - 刑事ニコラス 趣味に走る

*ご注意。多少ネタバレあります。
ゴーストライダーポスター


どうしてこの映画を観たか。
単に 一緒に行った人に

「The Good Shepard 観に行こうよ」

と言うと 

「疲れてるから 頭を使わなくていい映画を観たい」

と 強硬な反対があり 結果 これになったという次第。
The Good Shepard しかも3時間もあったし 無理強いもできないし。

アメコミの映画化ということで 不安あり。
結構観てるけど 成功したのって スパイダーマンと バットマンくらいでは?
あの アン・リー監督でさえ ハルクで失敗してたし。
しかも 監督は 同じくアメコミ原作の「デアデビル」を監督したという前科あり。
・・・これ 観た人には あんまり評判よくなかったし。
前もって 評判をチェックしたものの あまりよい評価もなし。

しかし 観たいという人には逆らえません!
疲れている人の要望には従わなくては。

さて 映画の内容は

ニコラス・ケイジが 悪魔との契約で 燃えるどくろ人間になって チョッパータイプのバイクを乗り回して 悪魔退治と 悪人退治をする

・・・以上です。

どうもググってみると 原作とは少々設定が違うようで 主人公 ジョニー・ブレイズは サーカスのバイクスタントをやっていて 大きくなって 更にスケールアップ。
今では 全米に名の知れた バイクスタントマンになってるのです。
ちなみに 苗字は「炎」さん。
無理矢理訳したら

炎 一郎

すごいなぁ。

で 悪魔と契約したために 普通なら死んでるような事故を起こしても ゲンキで次々スタントをこなしていくわけなんですが しかし 色々映画を観てると あれれ?ってことが多い多い。

例えば ジョニーの少年時代。
 ゴーストジョニー

すっごいカワイイ。
ジョニーが将来を誓った彼女 ロクサーヌのお父さんが 娘のことを心配して言った

「あいつのいいのは 顔だけだ」

という言葉が ふさわしい。

これが











nicolas

・・・こうなっちゃうって 信じられますか?
あ でも この写真だと 結構かっこいいですね。

ロクサーヌは こうだったので↓
ロクサーヌ

あまり変化がないといえば ない と言えるんですが。

大体 ニコラスは 40過ぎなのに 役では30歳のはず。

ニコラスが いくらアメコミが好きで 自分の息子に スーパーマンの本名である カルーエル なんて名前をつけたにしても それはちょっとやり過ぎでは?

と 思うだけあり もう ニコラス ノリノリでした。

皮ジャンに 燃えるチョッパーバイクですから。
ロクサーヌ2


それで 全身どくろになって 燃え盛りつつ 街中走り回るわけで 大人版暴走族ですね。

しかも台詞が なにやら ふざけているんだか ふざけていないんだか 狙っているんだか 狙っていないんだか さっぱりわかりません。
どこで 笑ったらいいのやら 不明。
ある意味 全編 ツッコミどころ満載です。

大体 魔王が 「もー 燃えるドクロにならないように 契約取り下げたるよ」 って 言ってくれてるのに 悪を懲らしめるために わざわざ ドクロであり続けますか。
あ これは 続編を作るためですね

ライダーつながりだからって イージーライダーの ヘンリーピーター・フォンダを魔王に配役したりのも ふざけてるんだか そうじゃないんだか。

さて ツッコミどころとしてですが 魔王に全ての記憶を消されたはずなのに なんだか知らないけど いきなり バイクで曲乗りしてるときに 記憶が戻ったり。
そしたら 急に何もかも 全部思い出してるし。

魔王の対抗勢力である ブラックハートを始めとする 地獄の四天王が 異常に弱かったり。

ジョニーを助ける墓守が 何でもよく知ってると思うと秘密があって それがまた 都合がよくて あるものを見せるときに

「おい!漫画かよ!」

と 言いたくなるような演技だったり。
原作がマンガなので 仕方ないといえば 仕方ないのかもしれませんが オイオイ というのが 多すぎ。

弱っちい悪魔四天王と戦う ゴーストライダーも チェーン振り回して キミは不良か?とか 言いたくなるし 自分の対抗勢力が地上で大暴れして 新しい魔界作ろうとしてるわけで 危うし!状態なのに ゴーストライダーにまかせっきりの 魔王も 随分悠長だし ゴーストライダーが悪人をやっつけるときの決め台詞なんて まるで ドナルド・トランプの アプレンティス。

まあ 普通に笑える箇所として ジョニーの趣味がちょっと変 というところ。

バイク野郎なんて オトコ臭く 

「聴くのはヘビメタ、酒飲まなくて 何がオトコぞ」

ってとこですが ジョニーは お酒の代わりにシャンパングラスに アメかチョコかわからないけど お菓子を入れて 喉に流し込んでるし 聞いてる音楽は イージーリスニング。
観るテレビ番組は 自分のやってるバイクじゃなくて 動物番組だの 古いアニメ。

怪我をしたジョニーの傷を 墓守りが縫合するときに 針を差し出して 

「消毒して」

と言うシーンとかは 多分普通に笑ってよい場所だと 思います。

時間がある人 と ニコラス・ケイジの大ファンの人 と アメコミのファンの人 は 見ても大丈夫です。
特にケイジファンの人は 彼の演技過剰ぶりを観られてお得?

*追伸*
シネマ・トゥディの ニコラス・ケイジさんのインタビューを観たら・・・

頭の中を

植毛植毛植毛植毛植毛
カツラカツラカツラカツラカツラ


という 言葉がぐるぐると 駆け巡りました・・・。

ニコラス あなた 違いすぎよ!!!
気になる方は 上記リンクにて ご確認ください。

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| エイガ | 21:00 | comments:17 | trackbacks:7 | TOP↑

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あるいは裏切りという名の犬 - フィルム・ノワールの復活?

あるいは


やっと観ました この作品。

だって 公開時の映画の広告には ただ

36

と。

それじゃなんだかわからないよ、オーストラリア!

それに比べて 邦題 ものすごくいいです。
どういう内容か なんとなく予想がつくし 硬派なイメージも沸きます。
映画配給会社さん お見事!
少しは見習え オーストラリア!

しかもあまり評判にならなかったらしく ひっそりとアート系映画館でのみ公開。
それが 船に乗っていかなくちゃならない場所で 家からは1時間半かかるのです。

よほどのドパルデューファンではないと そんなことは不可能です!

というわけで DVDになってたので やっと借りました。

映画は基本的に 懐かしき フィルム・ノワール。
警察官二人が主役で 互いに次期警察長官の椅子を争う身。
その上 台詞で 彼等は昔友達だったのに 今はそれほど親しくないことも わかったりして 何があったのか?と思うと どうやら 同じ女性を取り合ったらしいとわかる。

彼らがどうして 友達ではなくなったのか。 

とはいえ 一方的に ダニエル・オートゥイユ演じるヴリンクスが あいつとはもう友達でもない というのだけれど ドパルデュー演ずるクランは まだ 友情を感じているようなので 一体二人の間に何があったのかは 観客の想像にゆだねられている。

恐らく 推測だけれど クランはヴリンクスの妻となった カミーユに何かひどいことをしていたのではないか。
ヴリンクスは 昔ながらの刑事で 売春婦上がりの女性と友情を育んでいたり と 確かに 

「目的のためには 手段を選ばず」

という面は見られるものの 部下たちには慕われる 人間味のある男。
退職して バカンス地へ隠居する予定とかいう 同僚に わざわざ自分たちの署から 住所案内板を盗んで プレゼントする という行動からも それがうかがわれる。
そんなオトコだけに カミーユの窮状を見かねて ということも あり得る。

それとも 彼は自分の友人の恋人を奪った ということで 負い目を感じていたのだろうか。
それが 殺人を見逃してまで 犯人逮捕へとつながる手がかりをなくしてはならない という 功名心、競争意識へと追い込んだのだろうか。

しかし ヴリンクスという人間の描かれ方を観ると 必ずしも功を焦るようにも見られない。
退職する予定の警察長官に 餞として 犯人逮捕へと向かいたかった のだろうと 思う。
そして 元の友人より 上の地位に立つことで 妻を安心させてやりたかったのだろう。

しかし それが結局は ヴリンクスを窮地へと追い込む。
それは 友であったはずの クランの仕業だけれど 自分の過ちは罰せられず ヴリンクスだけが処分を受けることになって クランはどう感じていたのだろうか。
妻にさえも 部下にさえも 心を開けずにいた 孤独なクランにしてみれば 友であったはずのヴリンクスの 一方的な絶交は それこそ裏切りであったのかもしれない。
フィルムノワールに感じられた 同性愛的友愛を この映画では ドパルデューに見たのはワタシだけ?

もしかしたら 彼は 自分でも気づいていなかったけれども

彼の孤独感 結果的に元友人から 全てを奪うことになってしまい 自分がそれを引き起こした罪悪感を 言葉に頼らず表現していた ジェラール・ドパルデューは やはり一流と 実感しました。

かたや ダニエル・オートゥイユも ワタシの覚えている The Closet の ピニョン氏の お人よしぶりとは違って 隠された扉で見せた シリアスな演技を再び披露してくれる。

そう この映画は アラン・ドロン全盛期の フレンチ・ノワールへの餞なのです。

警察 裏切り 喪失

と 見事にキーワードが散りばめられ 

「昔見たような映画はどこ行っちゃったんだろう」

と かつての映画ファンにも受け

「新しいタイプ」

と 若い映画ファンにも新鮮に受け止められる作品でしょう。

クランもヴリンクスも 最後には全てを失いますが クランになくて ヴリンクスにあったもの。

目的のためには手段を選ばず という 刑事魂を持つ二人だけれど ヴリンクスには 彼を慕う部下がいた。

つまり 人望。
それが クランを結局は破滅へと導きます。

何かを得れば 何かを失う。
欲を出しても 人間として大事なものを見失ってはいけない。
間違いをおかすのは 人のさが。 
でも それを正す品位が まっとうな人間には必要だ。

自分で決着をつけることもできたのに クランの良心に一切を委ね 自分の持っているものを最大限にいとおしむ ラストシーンのヴリンクスを観て そう 感じました。

しかし 何を見ても ジェラール・ドパルデューと ダニエル・オートゥイユばかりなのは ちと 飽きたような気もしますが 多分 フランス映画で外国へ一般向けに 輸出されるような作品は 大スターの出ている映画が 主なのだろうから 仕方ない。
それに この映画での 二人の演技力 存在感を 考えたら 若手にもう少し頑張ってもらいたいものです。

ハンニバル・ライジングの ギャスパー・ウリエルには ちょっとそれは望めないけど・・・。

今 Wilipedia で観たら アメリカでリメイクされるんですね。
デニーロとジョージ・クルーニーと ごひいき俳優揃い踏みで 嬉しい限りです。
ですが 二人の年齢差 ちょっと開きすぎ?
ジョージが 老けメイクでもするのでしょうか。
なんにせよ 楽しみにしております。

ちなみに イギリスでのDVDジャケットはこんなです。
裏切り


映画館向けのほうが 雰囲気出ているようで いいですね。

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| エイガ | 11:26 | comments:6 | trackbacks:5 | TOP↑

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ツォツィ (Tsotsi) - 品位というのは 何か

*ご注意。多少ネタバレあります。
TSOTSI

南アフリカ ヨハネスブルグのストリートチルドレンを描き アカデミー外国語映画賞を取った作品

ということで 期待していたけれど ちょっと おや?と 思わざるを得ませんでした。

というのも ブラジル映画 City of God の 暴力性と それに対する 若者のみずみずしさ そして しなやかさ を期待していたから。

だけど この作品は あくまでも 主人公がストリートチルドレンという 極限状態にありつつも どうして そういう境遇に至ったのか ストリートチルドレン同士の抗争や 人種問題など ちらちらと見せるだけで そのうち一つでもいいから 深く掘り下げることをしない。

不良仲間とスラムに暮らし 犯罪で生計を立てているという設定は ショックだが それが ヨハネスブルグの現実なのだろう。
教育も受けず 親の愛情も受けず 誰にも面倒を見られなければ とにかく 力でのし上がるしかない。
力 特に 暴力は 一番手軽に 他人への支配欲を満たす満足感 と ある種のコミュニケーションを与えてくれる。

しかし ブラジル映画 City of God を 観た後では だから?という感じがしてしまって。

勿論この映画は 家族の愛情にも 経済的にも恵まれず やむなく 一人暮らしになり 生きていく術として暴力に訴えるしか知らず それしか道がなかった一人の少年が たまたまめぐり合った 赤ちゃんを保護することで 人間として 他人とまっとうにかかわり合うことを知り やり直す機会を得る といのが テーマであることはわかっているのですが。

そして ツォツィという男の子が 過酷な環境を生き抜いてきたので 感情というものは 怒りとかなかったのが この3日間で 他者へ対する共感 愛情 反省 謝罪 などなど が 生じた ということも よくわかりました。

ですが キャラクターの内面の掘り下げが 必要とされるこのタイプの映画で 何故だかわかりませんが ツォツィが人間的に変化をしていく様子が 私には伝わりませんでした。
感受性不足 と 言われればそれまでなのですが。

それはもしかしたら 凶暴な狂犬のようだった ツォツィが 赤ちゃんとの出会いで人間的に変化した ということになっているのに 変わったはずのツォツィが見せた 変わらぬ凶暴性と 赤ちゃんに対する執着が 微妙にかみ合わなかったからでしょう。

製作者側としては 人間的に変化したツォツィにとって 前のままの自分と同じ性格の人間を葬ることは すなわち彼の過去を葬ることになるという メッセージだったのかもしれませんが もし本当に変化したのならば そういう人間=自分を許すこともできたのではないか とも 感じます。
まあ 3日間でそこまでの心境に至れるとも思えませんが。

赤ちゃんにお乳をやるために 強引に知り合いになる 未亡人に関しても もう少し彼女の境遇について 掘り下げがあるとより効果的に 現在 南アフリカの黒人層がおかれている立場がわかったのでは?

とまあ 文句はつけておりますが 南アフリカの現状をほのかにでも知り ツォツィたち ストリートチルドレンを含む貧困層が住む ヨハネスブルグ郊外のスラムと その後ろに燦然と輝くヨハネスブルグの都心を目にし どれくらいの格差が生じているか 考えただけでも怖くなりました。

そして こうした貧困層が 這い上がれる希望もない ということが 問題の根源の一つとしてあるということも この映画では描かれています。

ツォツィが出会う 身障者の物乞いが 何故 そんな体になっても死なない と 聞かれて

「毎日 お日様にあたるのが 楽しみなんだ」

と こたえる。

絶望していても もしかしたら そういった ささやかなことに 幸せを見出すことができる 人間の可能性を ツォツィは知り そして 赤ん坊を育てることで 自分を育ててくれなかった親に代わって もう一度 自分を育て上げようとする。

ツォツィは 人間が持つ可能性ということを 心で理解し そして 自分で変わろうとしていたように思います。
最後にツォツィが流す涙は 生まれ変わりのために 赤子の涙 と言ったところなのでしょう。
だけに あの終わりは 微妙に悲しかったです。
あれで ツォツィは 更生の機会を得た という意味合いなのでしょうが それよりは 彼が自分の意思で歩み 自分の意思で自分の将来を決める と なった方が より 彼の変化がはっきりしたのではないかしらん。

追記:いつも楽しませていただいているえいさんの 「ラムの大通り」にて この映画が紹介されているのですが そこに書いてあった映画評を読んで 気づきました。

映画の開始から 一度もワタシはこの ツォツィという男の子を 残虐な悪い人間 と 思っていなかったからなのです。

確かに 暴力的ですが 上記記事に書いたとおり 彼には他に手立てがなかったし 赤ちゃんを連れてきてしまうところに 既に 人とのかかわりを求める心が まだ残っている。
大体 仲間になじられて やけっぱちで車を盗む その行動も 仲間はずれにされたことで いじけている 子供 としか 感じられなかったから この彼の変化を 劇的 と 感じることが できなかったのだと思います。

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| エイガ | 12:09 | comments:6 | trackbacks:7 | TOP↑

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ハンニバル・ライジング (Hannnibal Rising) レクター博士の憂鬱

レクター博士よ どこへ行く
ハンニバルポスター


映画 どれを観ようかな と 選択肢がありまして。

4つほどあったわけです。

一本は既に観ちゃった パンズ・ラビリンス。
その他 2本はまだ 観てない新作。
でも 同居人が 観たい と 言ってた。
というわけで、 残りの1本が この ハンニバル・ライジング。

羊たちの沈黙は 映画が好きで もう一度観なくちゃな と 思っております。
レッド・ドラゴンは 原作本が好き。
ハンニバルは・・・ まあ 許しましょう。

なので レクター博士シリーズの最新作なので 観ることに決定。

しかも レクター博士の若かりし頃を演じるのが オードリー・トトゥの 「The very long engagement」で 彼女の婚約者役を演じていた役者さん。

これは観る必要があり と 判断。

さて 観た結果ですが。

面白いか と 質問されれば 面白くはない と 答え、

つまらないか と 質問されれば つまらなくはない と こたえることでしょう。

脚本を書いたのは 羊たちの沈黙の作者 その人なのですが ハンニバル の 悪い癖が出たような気がします。
その癖とは 自己満足に走っている ということ。

ハンニバルというヒトは 元々 ただの殺人鬼 食人マニア というのではなく 一般人の常識を超えたところで そういうことをしている というのが 彼の恐ろしいところ かつ 魅惑的なところだったわけですが この映画は 

ハンニバルがどうして 殺人鬼となり 人間を食べるようになったか 

その理由を解明する という 設定になっており そして その理由が 死んでしまった妹の復讐と ある意味 極めて理にかなっているため 単純に 復讐譚となってしまっていることが ハンニバルを ヒトの形をしているものの 人間の理解を超えた不気味な生き物 として描いていた 羊たちの沈黙のよさが 全くなくなっているように感じました。

そして 気に触ったのは 映画に出てくる 訳わからない日本趣味。

ハンニバルを引き取るのが ハンニバルのなくなった両親の友人である日本人女性という設定。

まず この女性を演ずるのが ゴン・リー であることには まあ 目をつぶりましょう。
どうせ 西洋人には 日本人と中国人の違いは よくわからないのですから。

能面が吊り下がった部屋に ご先祖様の鎧兜が 飾られている という このわけわからない ご先祖様をまつる部屋も 百歩譲って許すとしましょう。

ゴン・リーが ハンニバルに 剣道を教えるシーンも ひどくバカバカしいですが それも許しましょう。

ハンニバルが サムライが戦の時につける お面をつけるのも まだ許しましょう。
刀の手入れ


フランスに来てまで 日本色に染まってるはずの女性が どうして着ている着物風ガウンは フェンディのものであることも まあ許します。

ですが、彼女の名前。

それは










レディ・ムラサキ







・・・それはないんじゃない???

どっと疲れた瞬間でした。

しかし この謎の日本趣味より更に 気に障ったのが 俳優さんたちのアクセント。

リトアニア フランスが 舞台になっていたのに 使われるのが英語

これは 市場が英語圏だから 仕方ないといえば 仕方ないですが でも わざわざ イギリス人の リース・イファンスまで 変なリトアニア訛りで話すのは どうかと思うんですが。

元々 ターゲットは英語圏だ と わかっているならば 普通の英語で話したところで 何の問題もないのに。

それとも もしかして 主役のガスパー・ウリエル と ゴン・リーの二人とも 母国語の訛りが取れないので こうなったら ご当地風の訛りにしよう!そしたら 異国情緒も増すし! とでも 考えたのでしょうか・・・。
でも ゴン・リーは 訛っていても 大丈夫な役柄なんですが。

ネイティブの英語がわからないのなら まだ 諦めて英語ガンバロウ!と 思えますが 訛りに訛った英語がわからないときは なんだか悔しい・・・。

ホラー映画というか 血みどろ映画が好きな人にも 出血量は少なすぎるかもしれないし ロマンスめいたシーンがあるのも なんとなく ワタシの知ってる知的で紳士ながらも恐ろしい アンソニー・ホプキンスのレクター博士には似つかわしくないもの。

一体この映画 誰を対象に作ったのか さっぱりわかりませんでした。

しかし この映画にもいいところがありました。
それは 撮影。

リトアニアの荒涼とした雪原 や フランスの豊かな実りある畑、 パリの市場 郊外にある貴族の館 などなど 実に美しく撮られています。
特に最初の雪原は 寒々しいながらも 見とれてしまうような光景でした。

ホラー好きな方なら 話のネタに観ておいてもいいと 思いますが レクター博士のファンはがっかりするでしょう。

劇場には 大学生くらいの若者が多数来ており 残虐シーンがあると 叫び声をあげておりました。
「そういう」ホラー映画に成り果ててしまったのかな・・・と 考えると 羊たちの沈黙を再度観なくては という 思いに駆り立てられます。

| エイガ | 22:11 | comments:14 | trackbacks:3 | TOP↑

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ジョン・ウォーターズ監督 大いに語る

エキサイト 世界びっくりニュースにて ジョン・ウォーターズ監督のインタビューがさらっと 紹介されていました。

年をとって おとなしくなったのでは? という 質問に

「前やったことなんて やりたくないね」

と うそぶく監督。ステキです!
60歳でこんなステキな人でありたい と 思います。

ニュースを読みたい方は ここをクリック!

ジョン・ウォーターズ 悪趣味映画で有名ですが ジョニー・デップの出世作 クライ・ベイビーは この方の作品ですよね。

早く最新作を観たいなぁ~。




| ニュース | 20:46 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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日本未公開 - テネイシャスD 運命のピック

70年代HR/HMは お好き?

TenD1


ジャック・ブラック ご存知でしょうか。
見るからに暑苦しい デブの コメディ俳優です(ファンの方 ごめんなさい


最近では ナチョ・リブレで メキシコ人の神経を逆撫でしていましたね。

記憶にある限りでは ハイ・フィデリティとか 愛しのローズマリーとかに出ていました。
評判作は スクール・オブ・ロックと リメイク版キングコングですが 前者は好きだけど 後者は 力が入りすぎて 映画をぶち壊していたような気がします。
細い ナオミ・ワッツと エイドリアン・ブロディを前にすると そのチビデブが 余計目立ちました(ファンの方 ごめんなさい)。

でも スクール・オブ・ロックみたいに 音楽にとりつかれた 迷惑極まりないデブ野郎をやらせると 天下一品です。
最近は ホリディに出演して やっぱり力の入った目演技を見せてくれていました。
いつも 眉毛と目をぴくぴくさせています。

あんなに 「目で殺す」 を 色気のない風に使っている俳優さんは 滅多にいません。
無駄な目力です。

無駄な目力だけではなく 神様は 類稀なる歌唱力も 彼に与えました。
神様って 公平ですね。

ジャック・ブラックは 同じコメディアンの ケビン・ガスと テネイシャスDなるバンドを組んでいます。
始まりは 1997年だそうですので もう10年選手なんですね。
元々は TV番組だったのですが とうとう映画へ進出 というわけで ファンの人にはたまりません。

でも ファンじゃない人には ちょっとつまらない かも・・・。
いや 内輪受けみたいのが 多くて。

例えば ジャック・ブラックの歌う歌詞は ストーリー仕立てなのですが それがテネイシャスDの持ち味で クィーンとかの ロックオペラを真似してる ということを知らないと 面白くもおかしくもありません。
しかも 歌詞は 放送禁止用語だらけだし。
コドモには見せられません!

なので この映画を楽しめる人は とても 限られてしまいそう。
HM/HRの基礎知識がある人以外は 立ち入り禁止 というカンジ。

例えば コドモのジャックが壁に張ってあるポスターの ロニー・ジェイムズ・ディオ。
レインボーの後 自身のバンド DIOを結成。
妖精だの 神だの 歌っているというお方ですが その歌唱力には定評があります。
その 「神(Dioは神という意味があるとか)」たる人に どうしたらいいか教えて~ と 同じ神でも HRの神に教えを請うのが HR好きなのです。

そして 実物ではつるっぱげなのに なぜか長髪で登場する ケビン。
ハリウッドのビーチで 弾くのは そう バッハ。
その様子は ギターの神様と呼ばれる リッチー・ブラックモアにそっくり。
長髪が顔にかぶさってる様子なんて どこかで見た写真に似てることこの上なし。

そうそう 二人が 容姿に相当問題あるのも HM/HR好きの人にはたまらない。
容姿に問題ある場合は 大体ドラムになるのが ロック界の常識なのに テネイシャスDの場合 シンガーと ギタリスト なんだから もう。

ドラッグに言及があるのも テネイシャスDの特徴だけど 同時に 

「ロックには 麻薬がつきもの」

という イメージをわざとパロディにしているし この 運命のピックも 実は 悪魔の歯でできている と HRがかつて悪魔について よく言及していたことを題材にしていたり とにかく トリビアを楽しめ!って とこでしょうか。

忘れていましたが 見物は意外なゲスト陣。
この方 と この方 は ハリウッド大スターにもかかわらず とても出番が多いです。
この方は プロデューサーですので よくわかりますが この方は 意外なつながりでこの映画に 出演の運びとなったよう。

場面転換ごとに 映し出される タロットカードも ちょっと面白いです。
これまた 魔術とか 大好きな70年代ロックへのオマージュ。

普通の観客の方には 全くお勧めしませんが 

ジャック・ブラックが 心底好き

テネイシャスDの大ファン

70年代HM/HRが 大好き


という 方にはお勧めします。

しかし この作品 リトル・ニッキーをほうふつとさせるなぁ。きっと 日本で公開されても あたらないんだろうなぁ・・・。

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| エイガ | 20:25 | comments:4 | trackbacks:3 | TOP↑

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世界最速のインディアン - かっこいいジジイ

風を切る 喜び

indian


老人ながら セクシーな バート・モンロー。

年金受け取り窓口のおばさんを ナンパ。
アメリカでも 寂しい未亡人とベッドイン。
おかまちゃんにも 好意を持たれ 果ては レースの若い娘たちにまで好かれる。
電気によれば この記録を達成したとき バートは 67歳。
おじいさんである。

なのにモテモテ。

この原因は何か。

一途なオトコ。
素直なオトコ。
偏見を持たない 相手をただの人間として 扱う男。
オートバイを マイ・ガール と 呼ぶ バートは スピードの神に 全てを捧げたオトコなのだ。
自分の心臓病のクスリを も一つ燃料タンクに入れてやるくらい バイクが大事なのだ。

そういう男に 女は弱い ってことですか。

映画の中で 一番印象深かったのは バートが夢で見る ユタの塩でできた真っ白な平原に タイヤ跡が 延々と続く風景。

本当に夢の中だけかと思えば 実際にバートが この平原に到着したら まさしくその通りだった。

夢で再現できるほど はっきり覚えているなんて 一体どれほどこの地に憧れていたことだろう と 想像すると 切なくなる。

この映画は バートのバイクまっしぐら人生 というよりは バートという男による アメリカ観察日記といった方が正しいかもしれない。
バイク一筋の彼には偏見もなく ただ目的とするバイクスピードレースに参加するということのみが 頭にある。
それに もしかしたら 彼は少々エキセントリックな性格で  社会のはみ出し者 と言う奴に 同情的 というか 違和感を持たなかったのかもしれない。

だから モーテルの 女装の男の子ティナに 実は男と打ち明けられても

「道理でちょっとおかしいと思ったけど それでもキミは 僕にとってはいい子だよ」

と 優しいし 旅先で出会ったネイティブアメリカンに対しても だからといって助けの手を拒否するのではなく ただ 人間として 接する。

田舎に一人暮らしする 年配の女性も ティナも ネイティブアメリカンも いわば ニューシネマの主人公となりえたような人々で 当時の社会では 受け入れられてもらえない 黙殺されるような 人々。
そういう社会からはみ出さざるを得なかった人々を この映画はさりげなく呈示してくれる。
ハリウッドのアクション映画や お決まりのコメディでは 単に 消費されるだけしかない人物が バートとの交流により 一人の個人として 暖かい血の通った人間として 描写されるところも この映画の見所かも。

相手を人間として 対応すれば 心の交流ができるのだ と 伝えているよう。
人間同士として つきあえば 外見や人種ではなく 心が伝わるのだ と ますます偏見や対立が深まる社会に この 素朴なオトコを介して 訴えているのかもしれません。

そして 一途に熱心に おんぼろバイクを走らせようとする その熱意の前では 人は 規則を曲げても 協力してしまう。
まあ、地球の反対側から おじいさんがバイクレースに参加する と言って やってきたら 誰でも親切にしてしまいそうな気もしますが。

そして 改造に改造を重ねた インディアンにまたがった バートは タイトル通り 世界最速を記録し その記録はいまだ破られていない。
そんな大記録を達成したにも かかわらず 変わることなく おんぼろ小屋に帰ってきて やっぱり うちがいいなぁと つぶやくバートは ダウンアンダー男と言われて 世の人が描く理想のタイプだと思う。

飾り気がなく 率直で 偏見のないオトコ。
バービーの前の彼も オージーサーファーだったし。

かつての ラッセル・クロウも こんなイメージで売り出したものだ。
今じゃ電話投げで 有名だけど・・・。
ちなみに彼 オージーと思われていますが 出身はニュージーランド

思うにこれ 夢物語です。

ジジイになっても スピード一筋 バイクにまたがり 世界最速記録を達成。
アメリカでも ニュージーランドでも もてもて。

007が 夢また夢なら これは 男性にとって 手の届きそうな夢 なのかも。

そして 同時に アメリカが夢であふれていた時代を 描いているのかも?
映画中に出てきた ベトナム帰還兵が 枯葉剤について 無邪気に語り ベトナムの人にも アメリカの人にも 後遺症などあるなど 疑ってもいなかった時代を 懐かしく振り返っているようでもありました。 

さて バートのアクセント。

ものすごく キーウィ訛りで さすが Sir アンソニー・ホプキンス
絶対 ニュージーランド人と 思ってしまう。
ハンニバル・レクターの印象が強すぎますが それ以外では 「日の名残り」や「ハワーズ・エンド」など 美しい英国映画にも出ています。元々レクターは 気品のある獣 って ことだったので 彼としては 嬉しいけれど ちょっとツライでしょうか。  

つまり ちょっと わかりづらかった ってことですが それでも 映画ののんびりした 前半と レースに入った緊張感あふれる後半の コントラストは 見事でした。

バート・モンローの人生に興味のある方は こちらのサイトにまとめられていますので ご参照ください。
http://www.indianmotorbikes.com/features/munro/munro.htm

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| エイガ | 23:08 | comments:6 | trackbacks:7 | TOP↑

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猫の受難

さて 随分間が空きましたが がやってきたいきさつの続きです。

嵐の晩 子を寝室へ連れて行き 寝かせるところがないので とりあえず 手近にあった洗濯物入れにしていたかごの中に 余っているタオルを敷いてやりました。

「さ ここで今晩は寝るんだよ」

は 初めて入る部屋が気になるのか あたりをかぎまわっていましたが カゴの匂いはかいだものの 見向きもせず ひょい と ベッドに飛び乗りました。

「あれれ ダメだよ ベッドは人間さまのだからね」

と 下すも 子はしつこくベッドに飛び乗ってきます。
さすがに 根負けしてしまい 足元の方にタオルを敷いてやると その上に丸まって寝てしまいました。

それに不満なのが 東ヨーロッパ人。

「寝室にを入れるのでさえ いやなのに どうして ベッドに寝せる必要があるんだ。カゴに入れろよ」
「だって 入らないし 一晩のことだから いいでしょ」

それでもなおかつぶつくさ言う 奴に

「そんなに文句言うなら 自分でをカゴに入れたらいいんじゃない?」

と 言い放って 嵐でドアがガタガタなる中 就寝することになりました。

30分ほどして 東ヨーロッパ人が 飛び起きて 雄たけびを上げました。

「痒い!痒い!なんだ、これ!」

でも 私には全然かゆみもなく ただ 大声を上げてわめき散らすのを 眺めているだけ。

「全然痒くないけど・・・」

「違う!お前は感覚が鈍いんだ!蚤がいるに決まってる!」

真夜中に灯りをつけて ベッドの上に目を凝らしている。
だけど 何も見えない。

「蚤がいても 明日洗ってやって シーツも洗えば大丈夫だから」

と言ってもヒステリックにわめき散らす。

「このかゆみがわからないのか!」

そして 言い放った。

「猫は表に出せ」

「嵐の中に?」

「猫なんて どうだっていい。オレは寝たいんだ」

「大雨降ってるでしょ?」

「いいんだ!」

と 猫を掴みあげると 外へいきなり放り出した。

「ちょっと 何するの!」

と慌てて後を追おうとすると

「外へ行くならお前も出ろ!」

と言い出す始末。

「そんなこと言うなら アンタ出てけばいいでしょ」

言い返すと

「猫ごときに 何言ってる。オレの体の方が 大事なんだ」

と言い出す始末。

「やってられない 猫を連れてくる」

と 外へ出るも 暗闇の中 嵐の中 猫はどこかへ行ってしまったのか 姿も見えない 鳴き声もしない。

その晩は まんじりともしないで 居間でうつらうつらして 気づくと夜明けになっていた。
外へ出て きょろきょろあたりを見回すと 塀の向こうにある大きな木のあたりから 小さな鳴き声がした。
葉っぱのよく茂った木なので どうやら 雨に当たらずに済んだようだった。

塀のところまで行って 隙間から覗いてみると 猫の目が見えた。

「おいでおいで」

と 呼んでも昨日の仕打ちを覚えているのか なかなか こちらへ来ようとしない。

5分くらい 呼び続けると ようやく 小さな声が近づいてきて 塀の上に 猫が現れた。

「おいで ゴハン食べよう」

言葉がわかるわけでもないのに 言葉の感じでわかったのだろうか 猫は塀を飛び降りて 後をついてきた。

とりあえず 買ってあった 猫缶をあけてやると ものすごい 勢いでがっついた。
小さいのにどこにそんなに入るんだろう と フシギになるくらいだった。

おなかが一杯になると 体を舐めて 居間のソファの上で寝てしまった。

とりあえず これから飼い主を捜さなくちゃいけないけれど 一体オーストラリアではどうやって 飼い主を捜すんだろう。

オーストラリアのことは オーストラリア人に聞け。

というわけで 友達連中に 携帯電話からメッセージを送ってみた。

昼過ぎに起きてきた 東ヨーロッパ人は

「あ 猫がいる」

と いやな顔をした。

「この猫 飼い主が見つかるまで 預かることにしたから」

と宣言すると、

「オレは面倒見ないから」

と 言って 猫をかまいだした。

後は どうやって 上に住む大家さんの目を誤魔化すかだな。

すやすや眠る子猫を前に することが山積みだった。

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| | 20:39 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ラルフ・ファインズ 飛行機にて

昨日 新聞で読んだのですが カンタス航空のフライト・アテンダントさん(38歳)が トイレで俳優ラルフ・ファインズと 性的関係を持ったという疑惑で 懲戒免職となりそうだとか。

1月の終わりに インド-オーストラリア線のビジネスクラスを利用した ファインズとこのフライト・アテンダントさんが トイレから別々に出てくるところが 目撃されたそう。

もっとも この フライト・アテンダントさんによれば 

「そんなことはしていません。ファインズさんは 搭乗中に親愛の情を示してきて 私がお手洗いに行ったらついてきたんです。ですから それは不適切です と ご説明して 出ていっていただきました」

とのこと。

どっちが本当かはわからないのですが どっちにしても 飛行機のトイレまでついてきたなんて この フライト・アテンダントさん よっぽど魅力的だったのかなーと 思いますが 実は ラルフ・ファインズ 年上好き。

前には20歳年上の女優さん フランチェスカ・アニスと 長いこと恋愛関係にあったので きっとこの方 まさしくストライクだったんでしょうね。

私の中では ナイロビの蜂 で 好感度とても高いんですが ハリー・ポッターでは ヴァルダーモット卿演じてたり ウォレスとグルミットでは 悪役やってたり 色々と幅広いですね。

このスキャンダルを ヒュー・グラントのように 生かして 新たな役柄へ挑戦していっていただきたいです。
そういや ヒューもかつては 貴公子さま 的イメージで売ってたし ラルフも上品な感じですので こういうタイプには 要注意ってことでしょうか。

| ニュース | 07:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2007年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年03月