Lost in Australia 

オーストラリアから 映画と英語と暮らしのことなど 色々と

2006年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2006年11月

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Children of Men 鑑賞記

イギリス映画 と アメリカ映画 の 違い。

同じ Distopia 映画でも 最期の希望の度合いが 違う。

アメリカは 必ずハッピーエンド。
イギリスは 一粒の希望。

どちらがいいかは 個人の好み だけれど、自分としては ひとかけらの希望 の方が 好き。

あらすじだけれど 人類が妊娠できなくなった 2027年、元反政府活動家 現 公務員 の Theoが かつての妻の依頼で 奇跡的に妊娠した少女を 無事に出産できる場所へと 連れて行く。

そこに現在のイギリスの抱える 移民問題、少子化問題、テロ、右翼化 などをからめている。崩壊した世界で アフリカやヨーロッパからの不法移民は 檻に入れられ 強制送還させられる。その扱いは あまりに不当で、ついに移民たちは イギリス政府に対して 反乱を起こす。

かつての妻の率いる組織は 反政府でありながらも ある意味 無意味に議論を繰り返し 反抗をすることで自分の存在を確認する、そういう組織であり 将来の理想はないようにも 見える。反対するために 存在する、それだけ。

全てに絶望した男 Theoは 世界で18年ぶりで初めて生まれる子供を守るために 自分の身の危険をかえりみず かつての妻の信頼と 恐らくなくしたはずの 新たな世界への希望をひそかに持って 危険な旅に出る。他の人々に助けられながら 暴力を目の当たりにし なにを信じていようが 政治的立場がどうあれ 頼るのは自分と 人々の心に残る希望を 支えに 子供と妊娠した少女を守り続ける。

映画の宣伝文句どおり 子供は将来への希望 であり、未来を象徴する。不妊の人類は 未来のない 生き物であり、映画全体を覆う 飾りのない ナマの暴力は 絶望した人類の死への道行きのよう。命が再生されないならば、誰が死のうが関係ない。どちらにしても 終末は見えているのだから。

あまりにも あからさまな 未来への希望を 隠すことなく 映画は終わる。だけれど 多分 いまだかつてないほどの 暴力に満ち満ちた現代は それこそ 人類全てが不妊に陥ってはいないものの、他人への信頼は 失われ 他者は異者として 疎外され 全てが 敵か味方か しかないような 有様で 映画が描く終末観は あながち遠いものでもないようにも思える。

実際であれ、バーチャルであれ、常に暴力にさらされ続ける現代、妊娠が科学で可能になった現代、人々は命という奇跡を忘れてしまっているのかもしれない。映画は そういう意味で 未来への祈り のようなものにも感じられた。
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| エイガ | 20:48 | comments:5 | trackbacks:2 | TOP↑

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電気自動車 という 理想

先日、Who killed the electric car? という 映画を観ました。ものすごく疲れていたので 寝たりしたので よく内容はわからない というか 誰もが気づいているようなことを 改めて解説する内容の ドキュメンタリーでした。

ただ 印象的だったのは 誰が悪い とか 犯人探しをヒステリックに叫ぶ映画ではなく 企業の欲など 指摘しつつも 消費者側にも 問題あり と 指摘し、さらに未来への希望を持たせる 終わりに とても好感が持てました。

老経営者夫婦が 「まだ時間はあるから」 と笑う姿に 自動車だけではなく 簡単に諦めて犯人探しに奔走するのではなく 自分ができることを 少しずつやっていけば という ゆとりをなんとなく 感じました。

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| エイガ | 20:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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オーストラリアでの 女性の地位

新聞は色々あるけれど 一番好きなのは メルボルンの地元紙 The Age。Sydney Morning Heraldと同じ Fairfax社の新聞だけど 視点はかなり左より。視野がオーストラリア中心 というより、オーストラリアをちょっと斜めに見てる そんな感じが好き。

オーストラリアの新聞の週末版には 別冊がついてくる。色々な特集が載っていて 英語学習者には 一番楽な読み物かな?と思い 読むようにしています。

今週末のThe Age の 特集は 女性特集(多分SMHも一緒だとは思うけど)。これは面白そう。

内容は 30代以上の女性たちに 年代ごとにインタビュー。
それから 離婚事情。
ブリスベンの 人気女の子デュオ The Veronicas へのインタビュー。

そしてなんと 皇室 まで登場。
雅子さんに関して 外国人にはわかりづらい 皇室というもの その歴史 システムについて 説明がされており なかなか読み応えがありました。

小さいコラムとしては 女性の肉体に関する意識 について 永久脱毛 靴フェチ 肥満 美容整形 などなど。

これだけでしばらくは 話の種に困ることは なさそうです。

特に離婚。

オーストラリアでは3組に1組が 結婚後10年以内に離婚するそう。先進国でも特にこの割合は高く 離婚後 資産としては女性が優位にあるけれど 長期的に見ると 男性はきちんとした職に就いていることが多く 女性は子どもを引き取り 面倒をみなくてはならないため 就職が難しく 生活苦に陥ることが多い とのこと。

結局 女性は経済的弱者 ということなんでしょうか。

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| ニュース | 07:22 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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ゴールドコースト ってどんなとこ ⇒ サーファーズパラダイスに訂正

週末だったので ゴールドコーストサーファーズパラダイスまで 行ってきました。

ビーチは白くてきれいだけれど、なんとなく 街中が田舎くさいように 感じるのは 気のせいでしょうか。

70~80年代に 開発が一気に進んだ 地区だけに、その後 開発も停滞している ようにも 感じた。
元々 人が少ないオーストラリアで 生き残っていくには 観光が一番 というのは よくわかる。
80年代 海外挙式が大人気だった頃 ハワイと並んで 人気だったのが オーストラリアだと言う。

白い砂浜を見ると それもそうかな と ナットク。

だけど、メインストリート沿いに 立ち並ぶ レストランやお店は どうにもこうにも 観光客向けで 巨大ショッピングセンターに行っても 規模が大きいだけで 洗練というコトバとは 程遠い。

<注>ある方のご指摘によれは これはどうやら 某アジア系大国による 不動産買占めによる とのこと。

猛暑の中、涼を求めて ショッピングセンターへとわらわらと押し寄せる人たち、夜の街を 奇声を上げてお酒を 飲みまくる 子供たちを 見て ふと思い出したのは 映画 ゾンビ だったりして。

なんだかかえって気分が悪くなった 天気のよいゴールドコースト サーファーズ パラダイス 訪問でした。

| 異文化体験 | 21:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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胸を張って エイゴをしゃべろう

留学生と話していて よく聞かれるのが

「オージーは 私たちを 差別している」

という発言。

「だってね、私が話しているのに 相手しようともしないんだから」
「なに言ってるの、わからない、って よく言われる」

なるほど。
そう思うのももっとも。

しかし よく観察してみると オージー相手でも 相手をしないオージー店員など ざら。
店員同士で おしゃべりに忙しく お客の相手どころではない というのは よくある光景。

そして 相手のコトバがよくわからない時に 聞き返すのは 失礼でもなんでもないはず。
わかったふりして 聞き流す方が かえって無礼かもしれない。
オーストラリア人同士でも なに言ってるかわからなくて 聞き返しているのも よく見かける。

とか エイゴがからっきし へたくそな自分が言うことではない かもしれないけれど、外国で 

「言ってること、無視された!」

と思ったら、堂堂と もう一度 自分のいいたいことを 大きな声で ゆっくり喋れば 相手は耳を傾けてくれる(多分)。

もしかしたら 自分のエイゴに自信がないから 声が小さくなっているのかもしれない。
それで 聞こえなかっただけかもしれない。
大体 オーストラリア人は 声が大きいから、小さい声だと 聞こえないだけかもしれない。

日本語訛りは気にしない。
インド訛り、シンガポール訛り、オージー訛りだって、訛りの一つ。
それより 二ヶ国語を使えることを 誇りにした方がいい。
エイゴネイティブで 二ヶ国語を 使える人は そうそういないのだから。

要は 気の持ちよう?

| 英語 | 15:42 | comments:16 | trackbacks:0 | TOP↑

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テクノロジー中毒 

オーストラリア人は 予想以上に テクノロジー中毒症

4780人対象の調査によると、平均的なオーストラリア家庭で携帯電話、ゲーム、テレビ、ネットで何か読んだり、ネットを使う合計時間は一日16時間。
家族と過ごす時間は6時間半で、仕事、通勤・通学、家事、睡眠に費やす時間は20.3時間。

また、2/3にあたる人が買い物前にネットで調査、10人中8人が友達、家族と連絡を取るのに使用していると返答。

便利だけどテクノロジーの奴隷となっている、とも感じているそう。
できればもっと家族と時間を過ごしたい、と願う オーストラリア人は、60%以上が夕食は家族で一緒に、と答えている。
テクノロジーに費やす時間を その分 家族と過ごす時間に充てたい と 考えているそうだ。

原文:シドニーモーニングヘラルド

でも、これって親側から観た調査かな と ちょっと思った。
子供からしたら 携帯電話や Myspace なんかで 友達とのつきあいして、 Youtubeで面白いビデオ観たり オンラインゲームしてる方が いいなぁ とか考えてたりして。

しかし、こうやって しょっちゅうPCに 向かっている のも やっぱり 中毒 なんでしょうか?

| ニュース | 13:49 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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サンキューの使い方

オージー英語 わかりづらい と よく言われます。

・・・すいません、今でも よく わかりません・・・。

先日 アメリカンに質問されました。

「なんで オージーは 何かお願いした後に Thank you って言うの?」

・・・スミマセン、シリマセン。

言われてみれば 確かに英語の授業では 何かお願いした後は Please ダッタ。
しかし、ここでは どうも Thank you 率高し。

どうしてかなぁと辞書を引くも 普通に 

感謝の言葉

しかなし。
というわけで、困ったときの 英辞郎。

調べたら出ていました。

よろしく、お願いね◆要求や依頼の後に付け加える

だそうで、あながち間違いではないのかも?

そしてもしかしたら

Thank you in advance

の略?

そして よく聞かれるのが

Ta

Thank you の 省略形 だそう。

最初聞いたときは 何かのマチガイ? と思いましたが。

あまり上流のお言葉ではない と聞いています。
調べたら 子供のコトバ とのこと。

なんかそんな感じ。




| 英語 | 21:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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日本のエイゴ 

今日 何気なく ネットで調べ物していたら 映画

Thank you for smoking

の宣伝ウェブ発見。

thank you for smoking


早速訪問。

見逃した映画だけれど、ロビイストのアメリカにおける勢力、タバコ 銃 アルコール という 三大現代悪について いかにロビイストが はびこり 政治に影響を及ぼしているか を諧謔的に描いている ということで 観たかったのだけれど いかんせん タイミングがあわず DVDになるのを待っているところ。

さて、そこで日本でのタイトルを見て 一瞬 おや? と思った。

違和感がある。

どうして?と思い もう一度 読み返す。

サンキュー スモーキング

途中の for が消されているではないですか。

映画というのは 今の日本社会では 生のエイゴに触れる絶好のチャンスであり 文字文化の日本では 映画のタイトルさえも 学習教材になっています。

確かに 意味は伝わるけれど Thank you の後に for をつけて、 感謝の対象を示す という 前置詞の役割を落としてしまっていいのだろうか。

このまま翻訳したら スモーキング(人かもしれない、ものかもしれない何か) に対して ありがとう と言っていることになりはしまいか。

些細なことだけれど こんな適当なエイゴを タイトルにするくらいなら いっそのこと ひねった邦訳をつけてもらいたいなぁ。

というわけで 映画の内容から 考えてみた。

昔ならこうかもしれない。

「喫煙万歳」

しかしこれでは 原題の皮肉は伝わらないだろう。

「喫煙御礼申し上げます」

これでは なんだか よくわからない。

「タバコ 吸いませんか?」
「喫煙天国」
「タバコ 大戦争」

う~む。

やはり 素直に サンキュー・フォー・スモーキング しか ないのだろうか。

翻訳者の方に ご意見賜りたいです。

| 英語 | 17:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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人種差別と言われても

今日 バスに乗った。
始発から乗ったので 車内には誰もいなく 運転手さんもとてもフレンドリーだった。
そして とても丁寧な言葉遣いの 運転手さんだった。

オーストラリアでは バスに乗るとき 運転手さんに ご挨拶をし 運転手さんも ご挨拶してくれる。
初めて それを知った時には とても驚いたが 同時にとても新鮮だった。
日本と 同じだな とちょっと嬉しくなった。

全員がそうではない と知るには 時間がかからなかったけれど 白人系の運転手さんは 大学などからの学生ばかりの 無礼な客ばかりの路線ではない限り 皆親切で フレンドリーなことが 多い。
女性の特権なのかもしれないけれど。

都心まで来て たくさん人が乗ってきた。
中に一人 日本人の男の子が 携帯電話をかけながら 乗り込んできた。

すると 運転手さんが注意した。

「電話は短く ね」

男の子は 日本人特有の ニコニコ笑いをして 謝る様子を見せた。

どうしてそんな注意をするか わからなかったけれど とりあえず携帯電話片手に 乗り込むのはダメらしい と気づいた。
しばらく バスに乗っていなかったのでわからなかったけれど そういえば 携帯電話を使っている人が減った と思った。

次のバス停に着いたら 今度は 東南アジア系の女の子が 携帯電話で大声で話しながら 乗り込んできた。

運転手さんはまた

「電話は 乗る時には 短くね」

と注意した。

女の子は そんな注意は無視して 通り過ぎようとした。
運転手さんは その女の子を呼び戻して 説明を始めた。

「法規が変わって バスの中での携帯電話は 最低限にするように決められた。
理由は 隣の人のプライベートな会話を 延々と聞かされるのは他の乗客にとって とても迷惑だから
なので バスに乗るときは 携帯電話は いったん切るか 降りてからにして欲しい」

といいかけたところで 女の子は ものすごい口調で 言い返した。

そうやって言うあなたの口調が気に入らない
ものすごく 攻撃的だ
そういう風に 言う権利がどこに あるのか

その訛りからマレーシアかインドネシアの子 とすぐに わかった。

運転手さんは説明する。

ラッシュ時で時間がない 
短い時間で説明を しようとしている
だから 口調もぶっきらぼうに なったのかもしれない
しかし それを知らせるのが 自分の役目だし
他の乗客の迷惑も 考えて欲しい

女の子は 気に入らない様子を むき出しに

うるさいわね
態度ワルイったら

と 聞こえないようにつぶやいていた。

前に マレーシアからの留学生と シェアハウスに 住んでいた。
英語が上手な彼女は 自分の母国語は英語 といいきっていた。
しかし 確かに上手な英語も よく聞くとものすごく 無礼な発言が多いのが 英語の下手な私にもわかった。

彼女たちに共通しているのは 上流階級の出なせいだろうか どうも職業で相手を差別している様子が うかがえることだ。
勿論 全ての留学生がそうだ というわけではない。
というより そうじゃない生徒の方が多い。

だけれど、お金持ちのお嬢さんには こういうタイプがいかんせん多い。
シェアメイトは ルールを守らないので 注意をすると むくれて3倍 文句を言った。
自分はルールを守らないくせに 自分の言う通りにならないと 機嫌を損ねた。

確かに運転手さんは 使用されている側だし 多分教育だって お嬢さん連中よりは 下 だろう。

だけれど 毎日運転してくれる 運転手さんがいてこそ 公共交通機関も機能するのだし にっこり笑ったら 笑い返してくれる人がいるのは いいことだ。

乗客からみれば ただの運転手だけれど 時間は守らなくてはならない ラッシュ時には ひどい運転をする車が多い わけのわからない乗客を相手にしなくてはならない などなど 運転手さんのストレスレベルは いわば 赤 まで行っていることだろう。
ウルトラマンなら 胸のランプが点滅しているところだ。

その後、女の子は後ろの方で他の乗客と話をしており

Who Cares

などと 聞こえよがしに 言っていた。

自分の降りる停留所が来たので 降り際に

Thank you very much
Have a good night

というと、運転手さんは

Have a good night, Ma'am

と 返してくれた。

今晩、あの運転手さんが よく寝られて 明日は無礼な乗客に あまりあたらないといいな。

| 異文化体験 | 22:12 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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アメリカのアメリカなる アメリカ映画

今日、A Prairie Home Companion なる映画を 英語の勉強がてら 観て来ました。

結果。

・・・撃沈。

巨匠 ロバート・アルトマン監督。
映画評は どれもこれも 4つ星以上。

しかし ワタシには高度過ぎ。

英語ダイアローグの量だけではなく 文化的に カントリー というものに 全く詳しくないため メリル・ストリープや リンジー・ローワンの歌声には 感心するものの、 興味のない分野を見ているだけで 非常~~~~~に 退屈した。

色々 ささいなギャグあり ラジオショウ出演者間の 微妙な関係 なんかも興味深いのだけれど 何より 隣に座っていた 激太りのおっさんの バカ笑い と 

グワッグワッグワッ

と聞こえる笑い声に どうやら場内のお客様たち 引いていたようである。

しかし 一番よかったのは 謎の女性を演じる ヴァージニア・マドセンであった。
謎めいた白いトレンチコートを着た この女性の正体は 映画が進むにつれ 明かされるが それにしてもキレイ。
昔から 全然変わらない。
いや 年齢を重ねて余計美しくなったようにも 思える。

こういう人になりたいなぁ と憧れつつ、白いトレンチコートが似合う 大人の女性になんてなれそうもないなぁ と諦めたり。

| エイガ | 21:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ベジタリアンレストランって

先日ベジタリアンレストランに行きました。
ものすごくおいしくて しかも安値 週末は予約がないと 入れない!という 評判のお店。

その名も Soul Mama といいます。
知人は ロンドン発祥の 日本食風レストラン Wagamama の系列 といいましたが そんなことはないようです。

お料理の出し方に違いがあって 普通は 一皿 一皿 注文しますが、このお店では Buffet となっています。

日本だと ビュッフェ と 発音しますが、英語だと バフェ が近いようです。

小さいお椀で8ドル ゴハンに サラダ もしくは スープ
中位で 14.5ドル ゴハンに メイン4つ
大で 16.5ドル ゴハンに メイン5つ

となっています。

ご飯も ジャスミンライス サフランライス 玄米 から 選べます。
メインは ピザ ベジタブルロール なんかに加えて カレーや トマト煮込み なんかもありました。
サラダも ポテトサラダ ガーデンサラダ 豆のサラダ など7種類くらい。

というわけで、健康ブームに乗ってか お店は超満員。
隣の人の言っていることも聞こえやしない そんな状態です。

ソウルママ

↑こんな風に たっぷり です


小食の人には食べきれない量です。
バンケットにすると これに 飲み物と デザートがついてきます。
食べきれないので デザートはお持ち帰りに しました。

一緒に行った人は ベジタリアンだったので 悪口になってしまう と思い、言いませんでしたが、この料理の原材料を見ると

儲かる レシピ に 見事に沿っています。

以前 カフェ経営の本を ちらっと見たのですが、その中に

原材料は日持ちのするものを選べ

というのがあり、缶詰食材や根菜 が勧められていました。
カレーや煮込みもの も 嵩が増えるし スパイスで多少の素材の傷みは ごまかせるそうです。
豆も乾燥・缶詰共に お勧めです。

そういえば サラダも ポテトや豆が多かったなぁ。

アタマ イイ。

| 日々の話 | 08:48 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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朗読者を読み終えて

朗読者 朗読者
ベルンハルト シュリンク (2003/05)
新潮社
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随分前に買ってあったこの本、「朗読者」。
ドイツ語から英語に翻訳したものを一ヶ月ほどかかって読了しました。
ネットとかの方が面白くて、つい。

全体は二部に分かれていて、前半は15歳の少年と35歳の謎めいた女性の恋愛物語。

肝炎を病んでいた少年(名前は明かされない)が道端で気分を悪くしたところを助けてくれたのがこの女性。
性的に目覚めつつある少年と孤独に暮らす女性は性的関係を結び、二人の関係は支配-被支配関係にあり、年かさの女性が支配的な立場にある。
少年の父は高名な哲学者であり、ある日ハンナは少年に本を朗読してくれるよう頼む。
それと同時に自分との関係におぼれるのではなく、学校を第一に考えるように諭すハンナ。
学校に無事戻ると共に、自分をなかなか明かさないハンナに苛立ちを感じつつある少年は次第に距離を置くようになり、ある日突然、ハンナは別れの言葉もなく少年の前から姿を消す。

それから年月がたち、少年は大学法学部へ進学。
ハンナのことを忘れられないまま、優秀な成績を修めてナチス裁判見学をする。
その被告席にいたのがハンナだった。
ハンナはナチスの戦争犯罪にて裁かれる立場になっていた。
裁判が進むにつれ、少年はハンナがなぜ孤独な暮らしを送り、自分の前から突然姿を消し、戦争犯罪で裁かれるに至ったかを知るようになる。

基本的には前半がエロで、後半がスリラーです。

前半のエロは

女性が35歳!男の子が15歳!犯罪じゃん!

と思ってしまったらもうダメ。
その人は先に読み進むことはできないでしょう。

しかし海外であたりを見渡すと

「キミはどう見ても二十歳過ぎだろ!」

という15歳、16歳はざらなのです。
そしてニコール・キッドマンだのナオミ・ワッツだのを見ると、この組み合わせはあり得なくはない、と納得出来たら障害クリア、です。
まあ、お風呂に入ったり、とソフトポルノ感は否めませんが。

しかしここでこのソフトポルノ感に負けると作者の真意を汲み取るのは多少難しくなるかもしれません。
ここで描かれるのは

支配者と被支配者

の関係で、次の章で語られるハンナが女性看守だった、という事実を反映しようとしているのではないでしょうか。
ハンナが支配者=ナチスで、少年が被支配者=ユダヤ人などと見るとわかりやすいかもしれません。
勿論、少年は自分のハンナへの想いという積極的な要素はありますが、被支配者であることには変わりありません。
被支配者は次第に支配されることに不満を感じ、その立場を解消しようとします。

第一章が示唆するのは理想的な支配-被支配関係の解消でしょう。
軋轢なく、突然と消える関係。
被支配側では何故?という想いは残っても、軋轢なく解消される関係は一種理想的です。
そして支配者の姿は被支配者の記憶にいつまでも残ります。

彼の場合、この支配-被支配関係は自分から進んで立ち入ったもの。
そして支配者であるハンナは支配を進んでしたのだろうか?
もしかして被支配者の意志がなくては成立しなかったのでは?
この二人の関係は一見、年かさのハンナの方が被支配者に見えますが、実際は支配していたのは少年の方ではないのか?という疑問が湧いてきます。
それゆえに少年は支配者であるハンナを切り捨てることが出来、少年の関心が衰えつつあるところでハンナは姿を消します。
支配者と被支配者の関係はここでは相互依存の関係とも受け取れます。
互いに必要としあう状態がなくなってしまったところで、関係は絶たれます。
互いに憎みあうことなく、関係が終了する。
理想的な終わりです。

第2章は実際、ドイツで普通の人々がどのようにナチスに関わって行ったかが描かれます。
裁判のシーンに入り、ハンナが少年の思っていたような決断力のある女性ではないことを裏付けるかのように、過去には決断力はなく、単に命令に従うだけで自ら思考することがなかったことが明らかになります。

そしてそのことを知ってから前半のハンナを見ると、単なる主人公の協力者に見えてきます。

つまり主人公の希望をかなえるために、その行動に加担したわけで、実際に支配しているのではないのです。
この支配-被支配の関係は主人公とハンナの共同作業による産物とも受け取れます。

傍観するだけで何もしない主人公は、彼女の人生を支配しています。
最強のカードを持ちながら、彼女を救う手立てをもちながら何もしない。
この主人公を含め、女性看守を裁く人たち、彼女に全ての罪を押し付ける人たち、何もしない人たち、それは戦後のドイツでありながら、戦時中のドイツ人そのままなのかもしれない、とふと思う。

何もしないのは、多分、ドイツ人自体がまだ自分たちが一体どうすべきだったのか、答えを模索中だからかもしれない。

裁判中、ハンナは裁判官にこう尋ねる。

「じゃあ、私はどうしたらよかったんですか?」

それは戦争犯罪に関わった人々のみならず、戦後ナチスを批判し、それを培ったドイツ自体を責める人々へのドイツからの問いかけなのかもしれない。

過去は変えられない。
だが反省をすることはできる。
しかしそのためには自分がどうすべきだったのか、答えを示して欲しいのは当然だ。
間違っている、と相手を糾弾するのは易しい。
しかし、それを改善する手段を示すのははるかに難しい。

作品中で裁判官はハンナの素朴な質問にこたえることはできない。
しかし、主人公の父親は同様な主人公の質問に答えてくれる。
それは理性的に本を読み進める読者(これまたReaderであるが)には納得いく内容である。

だが主人公はせっかくのアドバイスに対して何も行動を起さない。
彼はただ悩み、何もせず、言い訳をし、全てを後回しにするのみである。
そしてこの無行動が最後には悲劇を招く。

この主人公を現代ドイツ人と見ると、著者はもしかしてドイツ人の無関心さを糾弾しようとしているのかもしれない。

ナチス問題という重要な問題に関わったものの、責任を取ることなく、ただ傍観し、手をこまねき、些細なことに気を取られ、真に大事なものを見失う。
そして最終的に悲劇を招く。
一つ手段を講じていれば、防げたはずの悲劇である。
主人公はどうして何もしなかったのか。
過去の亡霊を葬りたかったのか。
何か怖いものでもあったのか。
最後まで読んでいてわからなかった。

この構図、「無行動」は戦前のドイツ人だけではなく、戦後のドイツ人にも当てはまる、と言いたいのだろうか。
戦争があったこと、自分はそこには直接関係ない、と目をそむけることで、何もしなかったドイツ人を糾弾しようという意図なのかもしれない。

ハンナは思考停止ゆえに行動できなかった旧世代のドイツ人。
主人公は思考しながらも行動を起こさない戦後世代のドイツ人。

どちらも必要な行動をとらなかったがゆえに悲劇を招く。

だがどちらが罪が深いだろうか?

考える力がないため、愚かさゆえ、無知ゆえに罪を犯した人たちと、考える能力をもちながら行動をしない人たちでは、後者の方が罪が深い、と私は考える。
そして自分はそうはならないように、と自戒した。

| 英語 | 13:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ご挨拶

まずはブログを始める前にわざわざご訪問いただいた方にご挨拶です。

はじめまして。
オーストラリアに流れ着いてから5年になりますが、仕事もせずだらだら暮らしていたせいで、

「英語、ペラペラなんでしょ?」

と言われるたびにドギマギしていましたが、さすがに

「これではイカン!」

と思い、しかし生来の怠け者ゆえ、何かいい方法はないか、と考えた結果、ブログを思い当たりました。

好きな映画の話、本を読んだら感想文、ニュースを見たらそれについて思うこと、などなど書いていくことで、英語力の向上を試みたいと思います。
オーストラリアで出会う様々な出来事などもつれづれに書いていきます。
少しずつですが頑張っていきたいと思いますので、お暇な方はたまにどうなってるか見てやって下さいませ。

それではどうぞよろしくお願いいたします。

| 自己紹介 | 22:15 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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